東京と福岡で開かれていた「肉フェス」で、鶏肉による食中毒の危険性が報じられた。生焼けの鶏肉料理を食べて、カンピロバクターに侵されたというのである。だが、一部の県民は「鶏を生で食べても大丈夫」という俗説があるらしい。本当だろうか。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が考察する。
* * *
先日、「肉フェス」の食中毒騒動直後、あるニュースサイトで「鶏の生食におけるカンピロバクター食中毒の危険」について原稿を書いたところ、Facebookに「鹿児島県民に限り、カンピロバクターには強いのです」というコメントが寄せられた。
調べてみると確かに現地では、「鹿児島・宮崎県人は鶏の生食に当たらない」という説はあるらしい。「5人で鶏刺しを食べたところ、福岡、長崎、熊本出身者はカンピロバクター食中毒になったが、鹿児島・宮崎の学生はあたらなかった」という逸話もある。
上記の「鹿児島・宮崎県人はカンピロバクターに強い説」を取る人は仮説として「免疫説」や「腸内フローラ説」などを挙げていたが、母数が5人ではデータとしては個人差の域を出ないし(僕自身、これまで相当量の鶏刺しを食べてきたが、一度もあたったことはない)、結果があまりにきれいに住み分けられ過ぎている印象もある。
もっとも近年に限定すれば、鶏の生食に対する意識が高い鹿児島・宮崎では、他地域よりはリスクは少ないとは言えるかもしれない。
例えば宮崎県は2007年度に「生食用食鳥肉の衛生対策」というガイドラインを策定。2008年度から3年計画で1.生食用食鳥肉の成分企画目標・加工基準目標の策定」「2.生食用食鳥肉の食中毒原因菌汚染実態調査の実施」「3.食鳥肉取り扱い業者等に対する衛生講習会等の実施」を行っている。鹿児島県にも同様の基準はあり、さらに菌が増殖する前に表面を焼く、湯で殺菌するなどの生食対策を取っている。
だがいずれの地方でも、カンピロバクター由来の食中毒は起きている。食鳥処理場における作業の流れは「生鳥(生体検査)→と殺→湯漬→脱羽(脱羽後検査)→中抜き(内蔵摘出後検査)→洗浄・冷却」。カンピロバクター汚染が発生するのは主に「湯漬→脱羽」と「中抜き」の2か所である。洗浄や冷却の工程で表面の殺菌をおこなうとしても、毛根部に入り込んだ細菌にまで対処することはできないのが現状だ。
約100年前の食習慣を書き残した『聞き書』シリーズ(農文協)では、宮崎の都城地方に「かしわの刺身」、鹿児島の北薩摩や霧島山麓で「鶏肉の刺身」が確認できる。しかし記述はほんのわずか。「鶏刺し」は鹿児島、宮崎両県のごく一部地域で、たまに口にする「ハレの食」として受け継がれてきたものに過ぎない。