5月に入って東京は記録的な夏日が続いていた。強い陽差しは容赦なく都内にある大学病院の赤茶色の壁を焦がす。そんな異様な気象は、今まさに病棟の中で落ちようとする「巨星」の、舞台演出に賭ける情熱の最期のほとばしりだったのだろうか──。
蜷川幸雄さん(享年80)が体調を崩したのは昨年12月、自身の半生を題材にした舞台の稽古中のことだった。1月半ばには肺炎で入院。予定されていた舞台を延期した。
「たまに車椅子に酸素のチューブをつけて稽古場に姿を見せていましたが、基本は入院生活が続いていました。写真家として第一線で活躍している娘の蜷川実花さん(43才)も忙しい合間に毎日のように病室に通っていたそうです。2月頃から何度も容体が急変しましたが、そんな時、実花さんは海外出張中でも緊急に帰国して、長男を連れて病院に駆けつけました。蜷川さんは何よりもかわいがっていた孫の顔を見て、危険な状態から奇跡的な回復をしてきたそうです」(蜷川家の知人)
それでも深刻な状態が関係者の間に伝わり始めたGW明け、俳優や演劇関係者らがお忍びで次々に病室を訪れた。蜷川作品の常連だった大竹しのぶ(58才)は9日、病床の蜷川さんに声をかけた。
「大竹さんの声ははっきりと蜷川さんに聞こえたようでした。少し目を開けて、何か声をかけようとしたようですが、呼吸も苦しい様子で声は出ませんでした」(舞台関係者)
15才で『身毒丸』(寺山修司作)の主役に抜擢された藤原竜也(34才)や、長年の親交がある劇作家の野田秀樹(60才)も11日に病室を訪れた。もう目を閉じたままの状態だった。それでも野田が「来たよ」と声をかけると、蜷川さんは「ウー」と答えるような反応を見せた。枕元には、これから演出する予定だった3冊の台本が置かれていた。