【著者に訊け】早見和真氏/『小説王』/小学館/1600円+税
もしやこれは半私小説? そう勘繰りたくなるほど、0から1を生み出す作家と、生み出させる編集者の葛藤や本音が真に迫る、文芸界を舞台にした熱き物語だ。
「正直、小説家の小説なんて、書きたくなかったんです(苦笑)。元々業界小説には興味がなかったし、僕ごときが作家の普遍を書くなんて、おこがましくて。その分、自分に書けることは書き切ったというか、『そもそも小説は誰のものか?』という原点に立ち返る作業になりました」
早見和真著『小説王』。神楽社の文芸担当〈小柳俊太郎〉と、最近は鳴かず飛ばずの作家〈吉田豊隆〉は、共に33歳。かつて学級新聞委員を共に務めた元幼馴染みでもある。出版不況と言われて久しい昨今、彼らは「よき時代」を知る上司や先輩作家との間に世代の溝を抱え、それでも〈物語に救われてきた〉者同士、思いは変わらなかった。
言われてみれば、出版業界に限らず「昔はよかった」と「もうそんな時代じゃない」のせめぎあいを私たちは延々繰り返してきた気もする。その中で切り捨てるものと、時代を超えて残すべきものの取捨ほど難しいものもないが、そこに現実や生活が絡んでくるから、尚更厄介だ。しかし、そもそも現実って、生活って、さらに言うなら小説や物語って、いったい何──?
さて著者の生活はといえば、松山道後温泉の程近くに先々月転居したばかり。以前は「自分を追い込むために」伊豆河津の元旅館を借りて住み、『イノセント・デイズ』や『95』といった代表作もそこで生まれた。
「河津での7年間は寝食も忘れて作品にのめり込み、痩せ細る日々でした。ただそんな書き方じゃ、いずれ限界が来るし、娘が小学校に入るタイミングで新天地に選んだのが文学と野球の町・松山。僕はデビューしてから8年経つんですが、今は少しは人間らしい生活をして、楽しく書くことを自分に課しています」
本作の吉田豊隆の場合は、13年前に小説ブルー新人賞受賞作『空白のメソッド』でデビュー。映画化もされ、主演女優〈大賀綾乃〉との密会を撮られるなど華やかな時代もあったが、今はファミレスのバイトでどうにか食い繋ぐ毎日だ。
小学校の級友、俊太郎と再会したのは受賞作の刊行直後。彼はどこで調べたのか突然連絡を寄越し、会うなりこう核心を突いた。
〈俺は主人公と父親が向き合う場面に一番ヒリヒリしたんだ。お前の本当に書かなきゃいけない話はそっちだったんじゃないのか?〉
俊太郎も学生時代は作家を志し、そんな中、今の妻が妊娠。大学を中退し、妻と息子を養う生活に特に不満はなかったが、豊隆との再会を機に編集者を目指すことを決意する。大学に再入学して神楽社に就職し、『小説ゴッド』に配属されたのは30の時。豊隆といつか仕事をしようという約束が彼の人生を変えたのだ。
ちなみに横暴で侮れないゴッドの編集長〈榊田〉が、入社志望の男子学生に覇気がないと嘆く俊太郎に独自の分析を語る場面がある。〈金の匂いがしてねぇんだろうなぁ〉〈俺たちの時代ってまだ出版界にうなるような金の匂いがしてた〉〈その匂いに釣られた山師みたいなヤツもわんさかいた〉
「つまり今は金の匂いがしないから人が集まらない、書き手も作り手も先細りだとただ嘆いている現状を、何とか変えようとする話を僕は書きたかったんです。作家がどう本を売るかを考え、売れる本しか売られなくなる中で、物語に救われる人間までいなくなったかというと絶対そうじゃない。
僕は映画や漫画も好きですが、中でも劇的に世界を変えてくれたのが小説で、作家になってからは『この本を読んで自殺するのを思い留まりました』という感想が一番嬉しかった。ただ逆もあり得る以上、生まれるべき物語が生まれないのは悲劇だし、半端な小説は書けないなっていつも思うんです」