米大統領選候補者たちの討論会でよく取り上げられるテーマの一つに国民皆保険制度がある。日本では現在、この制度が機能しているので経済格差を超えて医療を受けられるようになっている。だが、新しい抗がん剤などの利用で制度が崩壊するかもしれない現実について、鎌田實医師が解説する。
* * *
新しいタイプの抗がん剤が注目されている。免疫細胞には、免疫が暴走しないようにブレーキの働きをする「免疫チェックポイント」という仕組みがある。悪賢いがん細胞はその仕組みを利用して、自分を攻撃する免疫(T細胞)にブレーキをかけさせている。この新しい薬は、がんを直接叩くのではなく、ブレーキの働きを抑えることで、免疫ががん細胞を攻撃できるようにする。免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれている。
昨年12月に肺がんに適応認可されたオプジーボ(一般名ニボルマブ)はその代表的な薬だ。肺がんの非小細胞肺がん、手術したが再発した場合や、手術できない患者に使われる。効果は2割程度だといわれているが、選択肢が増えることは肺がんの患者さんには朗報である。開発には、アメリカのベンチャー企業も関係しているが、日本人の研究が中心になっているというから、喜ばしい。
このオプジーボ、薬の値段も瞠目に値する。抗がん剤の適量は、体重を目安に決められるが、60キロの肺がん患者さんが1回使うと、133万円かかる。これを2週間おきに点滴すると、年間約3500万円というべらぼうな費用になる。
医療保険には高額療養費制度がある。患者さんの1か月の自己負担額が一定額を超えると、超えた金額が戻ってくる。上限額は所得に応じて決められ、70歳未満の一般所得区分の場合は、概ね8万円程度となっている。
しかし、患者の窓口負担が減っても、国の医療費の負担は大きい。オプジーボを1年間使用する患者さんが5万人いるとすると、年間1兆7500万円がかかる。日本の医療費は40兆円。そのうちの10兆円が薬剤費といわれているが、期待の新薬だけで2割近くも占めてしまう計算になる。
高い薬だからといって、混合診療にして薬代だけ患者の負担にすれば、貧富の差による医療格差が大きくなってしまう。お金を持っている人だけが薬を使用できるというのは、いいことではない。
アメリカの保険会社は、日本の国民皆保険制度が壊れるのをじっと待っている。高い薬が出れば出るほど、民間保険に入っていないと安心できなくなる。高額な新薬を使うために、民間保険に入らざるを得なくなっていくのだ。すでに日本郵政は、アメリカの保険会社のがん保険を販売している。