猪木vsアリの一戦(撮影■木村盛綱)
ボクシング界最大のスーパースターの死に、日本人が思い出すのはやはりあの一戦だろう。1976年6月26日、モハメッド・アリ対アントニオ猪木。来日直前のアリは、猪木との対戦についてメディア向けに「エキジビションファイトだ」と語っていた。ノンフィクションライターの柳澤健氏が、アリのビッグマウスのルーツと、なぜエキジビションだとアリが語ったのかについてつづる。
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いまからちょうど40年前にあたる1976年6月、ボクシング世界ヘビー級チャンピオンのモハメッド・アリが来日した。目的はプロレスラー、アントニオ猪木との異種格闘技戦である。来日直前のアリは、一部のメディアに向けて次のように語っていた。
「私がミスター猪木とマネージャー、関係者に言いたいのは、我々はエキジビションファイトを行うということ。それを一般の人にも理解してもらうことだ。私は彼を本気で殴らないし、彼も私の手を本気でねじ上げたりしない。そもそも、私が彼と試合をする話が持ち上がった時、事前にリハーサルをして彼が勝つことになっていた。そして私は早々とレフェリーに負けの判定を下される予定だった。
だが、私はイスラム教徒であり、全世界の人々から信頼されており、そんな八百長に参加したくなかった。私が本気を出せばボクサーでない彼はフロアに倒れるだろう。しかし、今回はあくまでもエキジビションであり、誰も傷つかないことを世界中に知らせなければならない。
マスコミが“本気で殴るのか”と聞いてきたとき、その答えを用意しなければならない。お互いに本気でやる、と答えてそうしないと八百長と呼ばれてしまう。金のために全世界を騙した、と言われるには、私の名声は高すぎるんだ。これはエキジビションであり、リハーサルを行うことを世界に伝える。私が言いたいのはそれだけだ」
アメリカにおけるプロフェッショナル・レスリングの地位は、ボクシングに比べて圧倒的に低い。プロレスが純粋なスポーツではなく、あらかじめ結末の決まったエンターテインメントだからだ。
プロレスリングがスポーツたりえない理由は単純で、要するにレスリングが観客の目に退屈に映るからだ。観客を興奮(ヒート)させることができなければ次の試合を見てくれるはずがない。プロレス関係者たちは熟考の末に、素晴らしいアイディアを思いついた。
リアルファイトをやめて、ふたりのレスラーは一致協力して試合を盛り上げる。場外乱闘。覆面レスラー。流血。目つぶし、凶器攻撃。殴る蹴る。タッグマッチ。相手をロープに振り、戻ってきたところを攻撃する。コーナーポストから飛び降りる。ドロップキックや4の字固めなど、実戦的ではないが見栄えのする技を使う。対戦相手と観客の双方を、言葉で攻撃して怒らせる。