女性セブンの好評企画「私の親のおくり方」(2015年から連載)をまとめた書籍『親のおくり方』(根岸康雄著、ポプラ社刊)が発売中だ。総勢11名が親への思いを語る、実録物語として読み応えある一冊であるとともに、「遺言状の書き方」「認知症の親の介護」「お葬式のこと」といった実用コラム情報も収録されている。
そんな『親のおくり方』の著者である根岸康雄さんが、2010年4月に亡くなった脚本家で作家の井上ひさしさん(享年75)の三女である井上麻矢さん(49才)に、父への思いを聞いた。
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ふだんは温厚な父ですが、プロデューサー役の母とのやり取りだけは違いました。
「江戸っ子が描けていないじゃない」と、歯に衣を着せない言葉に、「お、おれを馬鹿にしているのか!!」みたいな感じで始まる夫婦げんかは、みかんやスプーンが飛び交う。
一つの作品を作るためには、ここまで意見を交わし合うんだ、と私は理解し、育ちました。
パリに留学中の19才のとき、両親の離婚の噂は、(ひさしさんが主宰する)劇団こまつ座の新作芝居の宣伝だと思いました。しかし両親は離婚し、私たち家族はバラバラになってしまった。離婚の翌年、父が再婚し、お父さんは別の家の人になってしまいました。父との思い出は、心の奥の小部屋にしまったつもりでいたのです。
井上家のことで、父と話し合わなければならなかったのは、疎遠になって二十数年後。
「しっかりした考えを持った大人になったんだね」
話し合いの中で父は、私を認める言葉を何度も口にした。それから間もなく、仕事で近くに来たからと、シングルマザーの私の新居を訪ねてきました。
父はじゃれつく犬を撫で、娘がいれたコーヒーを満足げに飲んで。父が駅までの帰り道を遠ざかっていく。
お父さんも大変だったんだね…。父の後ろ姿に、初めて愛おしいという思いがこみ上げ、私の頬に温かい涙が伝わりました。
「経理を見てくれないか」。そんな父の頼みは、話し合いから間もない2008年秋のことでした。私は資格を取得し、再就職先が決まっていましたが、こまつ座は家業のようなものです。初めて父に懇願され、私は何かをしてあげたかった。
こまつ座の経理を知ると、かなりの赤字でした。私も腹をくくり、経理の改善策を実行に移し、父に感謝されました。経理だけでなく制作の仕事にもかかわり始めた2009年秋、父の進行がんが発見されたのです。
「こまつ座の社長を代わってほしい」