役者の佐藤浩市(55)といえば、20歳になる年のデビューから一貫して、舞台ではなく映像作品にこだわってきた。映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』から、主演映画『64─ロクヨン─』が、最近の日本映画においては珍しい雰囲気を放っている理由などについて語った言葉をお届けする。
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公開中の映画『64─ロクヨン─』(以下、『64』)で、佐藤浩市は主人公である警察の広報官・三上に扮する。佐藤は組織内での軋轢に苦しみながらそれを突破していこうという芝居を見事に演じていた。
「捜一(捜査一課)バリバリの現場刑事だったが、今は自分が望んでいない広報官になっているという人間なので、普通の刑事ドラマに比べても組織の重みというのは非常に大きくなってくる。
僕自身は組織に属したことはないのですが、でも考えてみれば社会の中で生きる人間であれば90何%が部下であり上司でもあるわけですよね。俯瞰できるのは、ほんの一握り。そうなると、ほとんどの人間は組織の中で多面的なものを抱えている。多面的にならざるをえない。
部下に見せる顔、上司に見せる顔……。そう考えると、僕も含めて、生きている以上は多面的になっている。そういうことでいいよねって思えたのが、三上をやる場合に大きかったです。
僕は役をやる前に取材をするのが好きで、刑事をやるなら刑事に話を聞いてきました。でも、今回は実際の広報官に話を聞いちゃうとやりづらくなるかもしれないと思ったんですよ。三上は刑事に未練を残しながら広報官をやっているという、そういう仮住まい的な意識ですから。広報官らしくない人間が広報官をやって、最後に広報官の一義が感じられればいいかな、と。そう考えて今回は取材をお願いしなかったんです」
『64』は近年の日本映画では珍しく、役者たちが演技の火花を真っ向から散らし合い、どこかかつての日本映画に漂っていた熱い空気を感じさせてくれる。