今年のドラフト会議では、史上初めて、12球団の1位指名が競合するかもしれない。年初めから野球界ではそんな噂が囁かれている。プロ球団の視線を独占する逸材は、創価大学4年生の田中正義(21)。最速156kmのストレートとフォークボールを武器にする本格派右腕だ。
田中の評価を決定的に高めたのは、昨年のユニバーシアード壮行試合での快投だった。4回を投げ、無安打無四球8奪三振。若手中心とはいえ、プロの打者たちを完全に手玉に取った。
田中の素質に惚れ込み、練習日にもグラウンドへ足繁く通う阪神の中尾孝義スカウトは、「大学生で、あれだけ投手としての素質にあふれたフィジカルの持ち主はいない」と評価する。広島の苑田聡彦スカウト統括部長も、「球威、コントロール、変化球の切れ……すべてが完成されたレベル。1年目から10~15勝はできる」とべた褒めだ。
ところがそんなゴールデンボーイを今春、アクシデントが襲った。東京新大学野球リーグ戦の登板中に右肩痛を発症し緊急降板。以降の試合でもマウンドに立つことはなく、チームも2季ぶりに優勝を逃した。
プロ注目投手の右肩の状態はどうなのか。周囲の関心はそこに集まったが、リーグ戦終了後、彼がまず口にしたのは、キャプテンとしてチームに貢献できなかった悔しさだった。
「自分からキャプテンをやると手を挙げておきながらこの結果だったので、本当に情けなく思います。投げられないことは、打たれることより悔しかったです。チームに迷惑をかけた分、秋のリーグでは結果を出したいですね」
田中のやや朴訥とした話し方には控えめな性格が滲み出る。自らキャプテンに立候補した積極性は意外に映った。
「自分でもそう思います。元々、他人にはあまり興味がないというか……(笑い)。正直、友達も多い方ではないし、みんなをまとめるようなタイプではありませんでした。実際、3年生の頃は、個人として結果が出れば満足していましたしね。ただそれだと、自分ひとりで戦っているようで……。だからチームとして勝つために、自分でキャプテンをやろうと決めました」
自分を高めるために、責任を負う立場を選択したという。そんな「何かを背負う」という覚悟は、豪速球同様、すでに「ファンのために」プレーするプロのレベルに達している。
幸いにも右肩のけがは深刻ではなく、5月中旬にはキャッチボールを再開した。阪神の中尾スカウトも「このけがで競争率が落ちれば儲けもの」と高評価に揺らぎはなさそうだ。