芝居を習っていないという佐藤浩市は、撮影現場でメソッドを教わる日々だったという。映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』から、芝居を勘違いして遠回りした若き日の思い出と、それで見えてきた景色について語った佐藤の言葉をお届けする。
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佐藤浩市は1983年、相米慎二監督・緒形拳主演の映画『魚影の群れ』に出演している。
「夏目雅子さんと砂浜で会話する場面から初日は始まったんだけど、『はい、もう一回』で稽古やってまた『はい、もう一回』それで最後は『やめよう』と言われて初日はカメラが回りませんでした。もう凹みました。
このやり方がダメだったら次は何をやろうかとなるわけです。セリフを変えたり毎回アクションを変えながら『OK』をもぎ取った。それで毎回芝居を変えるようになったんですよ。
緒形さんと初めて喫茶店で会うシーンでも、何度もNGが出て。それで、喫茶店のトイレに入って『ここから始めます』って監督に言って。緒形さんが店に入ってくと僕がトイレから出てきて『いらっしゃい』と言う。そこで初めて『OK』になりました。で、『そうか、こっちなんだな』と思った。今思えば浅はかなんですが、奇をてらった芝居をすればいいと考えたんです。
相米慎二が唯一僕に演出したのは、死ぬ場面でした。『お前、なに死ににいってるんだ』って。ハッとしましたね。台本を読めば死ぬって分かっているわけじゃないですか。あらかじめ死ぬと思っているから、こっちは死ににいくんですよ。でも、そうじゃない。僕の演じる俊一という男は死のうとはしてないんです。でも死んじまう。そう思ったことが、ホンの読み方のヒントになりました。
自分では結末を分かっている、何が起きるかを分かっている。それを前提にして芝居してはいけないということです。まず、その前提を捨てることなんですよね」