隣人トラブルが増えている。総務省「公害等調整委員会年次報告」(2004年度)によると、「家庭生活」に関する苦情件数は年々増加し、1996年には5620件だったが2003年には1万3503件に倍増した。
騒音問題に詳しい八戸工業大学土木建築工学科教授の橋本典久さんが指摘する。
「園児や児童の声がうるさいという学校への苦情やご近所同士の苦情の件数は1990年代後半頃から急増しています。地域のコミュニティーが失われ、近所の人間関係の希薄化も影響していますが、加えて単身世帯が増え、生活の心理的環境が変化してきているところが大いに関係していると思います。孤独や不安を感じている人とご近所トラブルは無関係ではありません」
医療が発達し、健康を気遣う人が増え、日本は世界トップクラスの長寿大国になった。しかし体も心も元気なのに、定年は60才。さらに高齢化社会の影響で、年金受給開始は65才からとなる。そんななか、昨今しきりに叫ばれる「老後破産」。おひとりさまブームや熟年離婚の急増もあって、高齢者の単身者世帯は、1985年に約118万人だったのが、2015年には約562万人と激増している(総務省『国勢調査』より)。そのなかで確実に孤立した高齢者は増えている。
「仕事をしていない高齢者は、どうしても人とのつきあいが薄くなってきます。そして自分の部屋にいる時間も長くなる。他人と接触する部分が少なくなってくるなかで、外の世界とのつながりが音だけになり、自然と意識が音に向かうといった環境になるんです。例えば上の階の人の足音とか、通りを歩く子供の声とか、敏感に反応するということも出てくるわけです」(橋本さん)
実際、最近も騒音が発端となったご近所トラブルが相次いでいる。
この5月にも、兵庫県尼崎市の集合住宅で、騒音トラブルを原因とした殺人事件が起きた。67才の香川浩(仮名)が包丁やハンマーを振り回して、真上に住む61才の北野弓枝さん(仮名)に襲いかかった。これを止めに入った次女も包丁で数回刺されるなどして、搬送先の病院で亡くなった。北野さんも意識不明の重体だったが、一命をとりとめた。
「買い物から帰ってきた北野さんが、2階の自宅にいる娘に“帰ってきたで~”と声をかけたみたいなんですわ。それに対して、下の階の自宅にいた香川が“うるさい!”って飛び出してきて口論になった。これまで警察に相談したことはなかったみたいやけど、以前から香川は北野さんの生活音が気に入らんかったみたいです」(捜査関係者)