参院選終盤、与党の優勢が伝えられるほどに、安倍首相は悲願の憲法改正について口を噤んでいった。いったい、何があったというのか。官邸の内幕を描いた『総理』がベストセラーになり、いま最も政権中枢に近いといわれるジャーナリスト、山口敬之氏が、官邸内で封じられてきた憲法改正への肉声を掴んだ。(全4回のうち第1回)
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「松本サリン事件の河野さんが講演をするらしいんですが、どんな内容になるか情報入ってませんか?」
参院選が中盤に入った先月28日。官邸関係者から問い合わせを受けたメディア関係者は少なくなかった。
松本市を含む長野選挙区は、民進党の新人・杉尾秀哉がリードし自民党の現職若林健太が猛追する展開となっていた。
1994年に松本市内の住宅街に神経ガス・サリンが撒かれ8人が死亡した松本サリン事件は後にオウム真理教信者の犯行であることが明らかになったが、発生当初は全く無実の河野義行さんが疑われた。当時TBSでニュースキャスターをしていた杉尾にスタジオで厳しく追及された河野さんが「そうやって私を犯人扱いするんですね」と嘆息する場面があったのである。
河野さんは杉尾を断罪するのか、あるいは許すのか。講演会での発言内容によっては、選挙戦の流れを大きく変えかねないものとして注目された。
結局河野さんは6月30日に行なった講演で、名指しこそ避けたもののマスコミに対する不信感を露にし、一部のメディアがそれを伝えた。一連の経緯は、あらゆる機会を捉えて、ひとつでも多くの議席を獲得しようという官邸の執念を強く印象付けた。
今回の参院選を巡っては、憲法改正に必要な2/3の議席を参院でも確保するため衆参ダブル選挙に打って出るべきという意見が少なくなかった。麻生太郎副総理兼財務大臣を筆頭に安倍の盟友や側近の多くが「この夏が最後のチャンス」としてダブルの主戦論に傾く中、最後まで慎重論を貫いたのが菅義偉官房長官だった。
菅は、衆議院の2/3を温存した状態のまま参院選でできるだけ議席を積み上げ、選挙後の合従連衡も含めて結果として参議院も2/3を獲得することは十分可能であると主張したのである。