参院選終盤、与党の優勢が伝えられるほどに、安倍晋三・首相は悲願の憲法改正について口を噤んでいった。いったい何が起きていたのか。官邸の内幕を描いた『総理』がベストセラーになり、いま最も政権中枢に近いといわれるジャーナリスト、山口敬之氏が、官邸内での憲法改正への動きをレポートする。(全4回のうち第3回)
* * *
第二次安倍政権発足前夜の2012年12月、安倍は討論会で同席した石原慎太郎にこう話しかけられた。
「安倍さん、憲法は逐条的に改正しちゃダメだ。今の憲法は占領下に押し付けられたものだから、サンフランシスコ平和条約の調印で無効になっていなきゃおかしい。今ある憲法を捨てて、一から書き直すんだ」
真剣な眼差しで「棄憲・創憲論」を訴える石原の口調は鬼気迫るものがあった。黙って聞いていた安倍は、石原と別れた後こうつぶやいた。
「保守層の中には石原さんと同じ考えの人も結構いるんだよな」
安倍を支えてきた保守層には、現行憲法無効論までは行かなくとも憲法を一から書き直すべきだとする「創憲」論者が少なくない。公明党が示している「加憲」とは相容れない主張だ。
その上、その保守層の多くは衆参で(憲法改正に必要な)2/3を握った暁には、安倍が直ちに憲法改正に向けた動きを加速させるものと期待している。戦後70年待たされた末にやってきた千載一遇のチャンスだからだ。
ところが、同じ保守層の中には、全く別の立場を取る者もいる。
例えば、官房副長官時代から安倍と勉強会を続けてきたJR東海の葛西敬之名誉会長は、憲法改正に向けた政治状況が熟すのを待つべきだという立場を取る。参院選のさなか、葛西はこう述べた。
「憲法改正というのは非常に大きなモメンタムを必要とするんですね。国民自ら憲法について考え、改正の機運が国民の間で高まってこない限り憲法改正を実現することは難しい。
しかしよほどの外的要因でもなければ自然発生的に憲法改正の機運が高まるということは現実的には考えにくい。やらなきゃいけないことが他にたくさんある。無理して憲法改正に邁進しても得るものは少ないのではないか」