重厚な役からコメディまで、今では幅広い芝居で知られる佐藤浩市だが、デビュー作であるNHKドラマからずっと野心や衝動を抱えた若者の役を演じることが多かった。映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』から、演じる転機となった映画『トカレフ』に主演した体験を語った佐藤の言葉をお届けする。
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佐藤浩市は1994年、阪本順治監督の映画『トカレフ』に主演、これまでのギラギラした役柄から一転し、市井の人間に潜む狂気を静かなタッチで演じた。
「それまでは分かりやすいあんちゃんの役であったり、自分の発露を暴力的な分かりやすさに求めたり、そういう役ばかりでした。でも、もう全然違う、根っこにある捻じ曲がった暗さというか、歪みみたいなものを出せる役は僕にはないんだろうかと思っている時に阪本さんからお話をいただきまして。
ただ、これは一回流れたんですよ。最初の台本だと、新聞社に勤める印刷工で、隣の主婦の子供を誘拐する役で、毎日睡眠誘導剤や精神安定剤をバリバリ?むような少し病んでる人間でした。それで、もう一回やるとなった時に読み返してみると、違うんじゃないかなと。
ごくごく普通にそこにいる人で、表層的な生き方からはそういう病みが見えない人。その方がこの役って面白いと思って阪本さんと話をして、普通に働く人になったんですよ。
ですから芝居はどんどん引いていきました。でも、引きながら足しているんです。たとえば國村隼さんの演じる刑事に事情聴取を受けている時にヘルメットを動かしたりとか、実は凄くやっています。
そういう足し方が今までの鼻につく芝居と違って、その人間の人格と重なる形で自然に受け入れられたのであれば、我々のやったことは間違ってはいなかったのだと思います」
1990年代後半から2000年代にかけては恋愛ドラマ、近年は三谷幸喜のコメディ映画にも出演し、役の幅を広げている。