2014年10月に最も進んだステージのすい臓がんが発見され、余命数か月であることを自覚している医師・僧侶の田中雅博氏による『週刊ポスト』での連載 「いのちの苦しみが消える古典のことば」から、ソクラテスの「死は幸福という希望」という言葉の意味を紹介する。
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著名な喜劇作者・アリストファネスの戲曲『雲』による風説は、ソクラテスが死刑判決を受けるに至る主な要因となりました。裁判で借金を帳消しにする詭弁を教える者、そして神を信ぜず雲を敬う者としてソクラテスが描かれているからです。
その『雲』の初演はソクラテスの裁判の24年前でした。しかし、『雲』の初演の6年後に行なわれたシンポジウム(エロスについて順番に話す飲み会、プラトン・著『饗宴』)では、ソクラテスとアリストファネスは翌朝まで一緒に飲み続けており、大きな仲違いは無かったようです。『雲』は喜劇であり、実害が及ぶとは考えなかったのでしょう。
シンポジウムでは、アリストファネスが話す番になってもシャックリが出て話ができません。そこで医師のエリュキシマコスがシャックリを止める方法を教えました。くすぐる物を鼻に入れてクシャミをさせるという方法です。これは現代医学でも通用すると思います。
エロスの話題で、本来の人間の姿は男女合一体であったとアリストファネスは言います。しかし神々に逆らったので、ゼウスにより切断されて男と女に分けられてしまった。男女の愛であるエロスは、元々の男女合一体への憧憬であり、再び身体を一つにする欲望だと言います。
戯曲『雲』の中では、雷電や雷鳴は神ゼウスが虚偽信者を罰しているのではなく、雲が作り出す自然現象だと言っています。このように考えたのが、実際にソクラテスだったのか、あるいはアリストファネスや別の人だったのかは分かりませんが、既に当時から合理的に自然を理解しようとする考えがあったことが分かります。