最も痛くない、苦しまない死に方として、医療関係者がこぞって挙げたのが老衰死だ。老衰死とは、直接の死因となる病気を持たず、老いによる体の機能低下で死を迎える死を指す。4年前に95歳で母親を看取った前屋庄吉氏(70・仮名)の述懐だ。
「母は生前、大病を患ったことがありませんでした。亡くなる約1か月前から食事量が徐々に減っていき、日にお粥を1~2杯食べる程度。老衰死に至るまでの最後の数日は水を少し飲むくらいでした。最期は自宅の布団の上で微笑みを浮かべたまま眠るように亡くなりました。老衰死とはこんなに安らかに死ねるのかと家族全員、驚いたものです」
老衰死はなぜ安らかに逝けるのか。その理由を江別すずらん病院認知症疾患医療センター長の宮本礼子氏が解説する。
「老衰になり死が近づくと、私たちは食欲がなくなり、飲み込む力も衰えます。体が栄養を必要としていないのです。飢えているわけではありません。その時、点滴や経管栄養を行なわず、食べられるだけ飲めるだけの自然な経過に任せることで老衰死を迎えられる。
最近の研究では、動物を脱水や飢餓状態にすると脳内麻薬の一種である『β-エンドルフィン』や、肝臓で生成され脳の栄養源となる『ケトン体』という脂肪酸の代謝産物が増えることがわかっています。これらには鎮痛・鎮静作用があります。そのため、眠るように死に至ると考えられています」
つまり痛みがないどころか、この脳内麻薬によって快楽さえ感じながら、絶命すると考えられているのだ。