田中角栄は「人たらし」と言われた。会った人の心を瞬時につかみ、反対派でさえも虜にする人間的魅力を備えていた。それは言葉だけの力でもカネだけの力でもない。「人を操る心理学」を熟知していたからだろう。角栄の数々の名言の背後にある人心掌握の哲学を探求していこう。ジャーナリストの武冨薫氏がレポートする。
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〈役人の顔や人脈はよく覚えておけ。〉
角栄は高等小学校卒の学歴しかなかったが、それでも東大法学部出身のエリート官僚たちを手足のように動かして仕事ができたのは、彼らが何に喜ぶか、その心理を熟知していたからだ。
角栄はエリート官僚たちの顔から入省年次、家族構成まで全部記憶していた。新人時代から角栄の薫陶を受けた渡部恒三・元衆院副議長は「あんまりよく覚えているもんだから、田中のオヤジに東大法学部同窓会の事務局長みたいだと言ったら、ひどく怒られた」と本誌に語ったことがある。
ある正月、東京・目白の田中邸には政治家、役人たちが年始の挨拶に集まっていた。その中に地味な1人の人物がいた。建設省の官僚OBだった。
「この人はな」
角栄が若手議員たちに彼の仕事ぶり、いかに有能だったかを語って聞かせると、周囲の見る目が変わった。
「あのときは、一緒に徹夜して、いろいろ法律を作ったよなあ!」
政策づくりや行政実務を担う“黒衣役”の官僚にとって、政治家に自分のやった仕事を評価してもらうことが存在証明になる。田中邸に来ていた現役官僚たちが、角栄の官僚OBへの言葉を聞いて“この人なら”と思ったことは想像に難くない。