【書評】『新宿物語’70』高部務/光文社/1836円
【評者】伊藤和弘(フリーライター)
1970年──それは“異形の時代”だった。
6月23日の日米安全保障条約自動延長に向けて学生運動がピークを迎え、3月には赤軍派の若者たちが「よど号ハイジャック事件」を起こす。ジャズ、ロック、アングラ演劇に代表されるカウンターカルチャーは空前の盛り上がりを見せ、新宿の街は“フーテン”と呼ばれた髪の長い若者たちであふれた。
本書は当時の新宿を舞台に、若きフーテン群像を描いた自伝的青春小説である。内容に触れる前に、すでに死語となったフーテンという言葉について簡単に説明しておこう。
フーテンとは、本書の舞台となる1970年前後の新宿東口に集まった、体制に反抗的な若者たちのこと。たいていは無職で、学校にも行かず、新宿の街で路上生活をしている。主人公の高垣は新中野にアパートを借りている「通いフーテン」。部屋で寝ることは滅多になく、ジャズ喫茶などで夜を明かし、始発の山手線で眠るのが基本的な生活パターンだ。
家があるのになぜ帰らないのか、現代の感覚ではよくわからない。また、全国から家出少女が新宿のグリーンハウス(東口駅前広場)に集まったという。「家に帰らない」ことに何か反体制的な価値を見出していたのかもしれない。
団塊の世代とか全共闘世代と呼ばれた高垣たちフーテンや家出少女も、現在は60代後半の高齢者になっている。シンナーやマリファナをきめて「ゴーゴー喫茶」で踊りまくる当時の写真や映像を見ると、今の若者の比ではない“イカレっぷり”が感慨深い。そこには、まさしく“原色の青春”があった。
大学をドロップアウトして仕送りを止められた高垣は、「街頭詩人」として生計を立てている。路上に座って、自作の詩集を1冊100円で手売りするのだ。ちなみに厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、1970年の大卒初任給は平均約4万円。物価を現在の5分の1と見れば、1冊500円前後で売っていることになる。