エスカレーターに乗る際は、急ぐ人のために片側を空けておく──。すっかり社会に定着している「大人のマナー」である。東京なら右側を空け、大阪では左側を空ける。しかし名古屋では「両側とも空けない」という。
そもそも、「片側空け」は、どのようにして生まれたのか。エスカレーターの歴史に詳しい江戸川大学社会学部の斗鬼正一教授が解説する。
「諸説ありますが、第二次大戦中の1944年頃、ロンドンの地下鉄で混雑緩和のため考案され、左側を空ける習慣が定着したという説が有力です」
斗鬼教授によると、その後、「片側空け」は、欧米各国からオーストラリア、中国、韓国など世界中に広まり、今や世界標準の習慣になっているという。海外ではほとんどの国が「右立ち・左空け」だ。
日本では、大阪、神戸など近畿圏で「右立ち・左空け」、東京、札幌、福岡などの地域で「左立ち・右空け」と分かれる。これは英国式を取り入れた大阪と、自動車の右側追い越し車線に倣った東京で違いが生まれたとされている。
このように左右の違いはあるものの、日本でもエスカレーターの「片側空け」の習慣が常識となっている。しかし、“東西に挟まれる”名古屋では、「両側立ち・歩かない」という独自のルールが根付いているため、日本中から「マナーをわきまえない名古屋ルール」と揶揄されてきた。
そんな中、潮目を変える大きな出来事があった──。「片側空け」発祥の地・イギリスで今年5月、衝撃的な論文が発表されたのだ。
昨年11月、ロンドン交通局がホルボーン駅で3週間にわたって、右側に立ち、左側を歩く人のために空ける「片側空け」と、左右ともに歩かないで立つ「両側立ち」のエスカレーターの比較試験を実施した。
その結果、ピーク時では「片側空け」のエスカレーターが1時間に2500人の乗降客を運んだのに対し、「両側立ち」のエスカレーターは1時間に3250人と、3割増しの数字を記録したのだ。
論文ではその理由を〈長いエスカレーターを歩いて上ろうとする人はあまりいないため、エスカレーターの下で右側に立つために待機する人が増加する〉と分析している。「片側空け」の起源とされるイギリスで「名古屋ルール」の方が効率的だと証明されたのだ。
この試験結果は世界中で報じられ、いまエスカレーターの乗り方に関する議論が世界中で巻き起こっている。