東京都の小池百合子知事は8月31日、都庁で会見を開き、11月7日に予定されていた築地市場の豊洲移転について延期する方針を正式に表明した。
築地市場はセリや卸売り用の水産物などの販売、輸送で行き交うトラック、常に行列のできる飲食店街「魚がし横丁」などで知られる「場内」と、飲食店や専門店など約400店が軒を連ねる「場外」に分かれる。
移転の大きな理由は、開場から80年が経過し、老朽化で建物の一部が破損して落下するなど安全面の問題が生じたこと。取扱量の増加とともに荷置き場が不足し、商品を一時的に屋外に置かざるを得ないことや、トラックの駐車スペース不足などが重なったことも移転の理由だ。
1991年には築地市場再整備計画に基づき、営業を継続しながら施設を少しずつ直す工事が始まったが、工事の長期化や整備費の増加などで中断せざるを得なかった。
その後、都議会での議論を経て、2001年に当時の石原慎太郎都知事が、アクセスがよく、充分な広さのある豊洲への移転方針を表明した。石原都知事時代、副都知事を務めた作家の猪瀬直樹さんは、こう振り返る。
「築地はとにかく狭いんです。開設当時は鉄道輸送が前提だったけど、今はトラック輸送がメーンで全国各地からひと晩で新鮮な魚が運ばれてくるようになった。そのため、場内はトラックであふれています。築地が水産物の取扱量が年々減っているじり貧状態から脱するには、環境の整った豊洲に移転するしかなかったんです」
猪瀬さんはそう正当性を主張するが、実際に築地に店を構える業者の声は賛否が分かれる。マグロを扱う仲卸業者「鈴与」の生田與克さんは移転賛成派だ。
「今の築地には空調がなく、夏は30℃を超えるなかで生食用の魚を扱っています。建物に壁がないから鳥や猫、ネズミが入ってきて決して衛生的ではありません。それでも築地がここまでやってこれたのは、業者が必死に知恵と工夫を重ねたからです。豊洲は閉鎖型施設で入り口が限られるため、鳥や動物が建物内に入ってこず、空調で品質管理もできる。移転は質を追求する消費者にもメリットばかりです」
そんな生田さんの意見は少数派かもしれない。今年4月、「築地市場・有志の会」が600近い水産仲卸業者に行ったアンケートでは、回答した業者の8割以上が「豊洲移転計画の撤回・延期」を求めた。
同会のメンバーで場内に店を構えるマグロ仲卸業者「小峰屋」の和知幹夫さんは移転反対派だ。
「豊洲移転は現場を何も知らない都の職員が考えたものです。われわれの声をまったく聞いていない」(和知さん)
移転反対派が口をそろえるのは「土壌汚染」の問題だ。新市場のある場所にはかつて東京ガスの石炭ガス工場があり、2008年の土壌調査では国の環境基準を大きく上回るベンゼン、水銀、鉛、ヒ素などの有害物質が検出された。
慌てた都は対策として、地盤面から2m下の土壌を入れ替え、その上に厚さ2.5mの土壌を盛った。600億円以上を投じた改良工事を終えた都は「豊洲市場の汚染は存在しない」とのスタンスで安全性を強調するが、専門家は異論を唱える。
豊洲の土壌・地下水汚染に詳しい日本環境学会元会長の畑明郎さんが警鐘を鳴らす。
「有害物質は地中深く入り込んでいるので、2mの土壌入れ替えでは効果が薄い。しかも地盤が緩い豊洲は東日本大震災で液状化しており、撹乱された地中から有害物質が地下水を通じて流れ出る可能性が高い。