人間と動物に区別はない。その言葉を畑正憲ほど、純粋に実践した人間はいないのではないか。
「生命として地球上に存在するためには単体では生きられない。生命同士の繋がりが不可欠なんですね。とすれば人間と動物の区別なんてないでしょ」
畑は事も無げにそう語った。そもそも1967年に刊行した畑のデビュー作のタイトルが『われら動物みな兄弟』。畑の生涯を貫く太い柱である。では、いま私たちは兄弟たる動物とどのような関係を築くべきなのか。社会のなかで動物はどうあるべきなのか。
しかし、である。いくつかの質問を投げかけたものの、急に黙りこくって外を見はじめたり、答えがちぐはぐだったりとどこか気もそぞろ……。幾度目かの質問に応えた畑は、また話を中断して窓の外のカラマツ林に目をやった。その視線を追うと窓を黒い小さな影がフッと横切った。畑は声を潜める。
「……きましたね。こうやって毎日エサをもらいにくるんです」
窓のそばにまでやってきたエゾリスが、畑をジッと見詰めていた。野生動物との距離の近さに驚いていると畑は「左へ行け」とジェスチャーで示す。リスが指示通りに動くものだから、なおさら驚いた。隣室に入ると小窓の前で、後ろ足で立ったエゾリスが待っていた。
「慣れるまでには時間がかかるから、いつ来てもいいように気を張っておかないといけないんです」
そう。畑は、エゾリスの来訪を待っていたのである。リスにエサをあげたあとは、幼いころからテレビで慣れ親しんできたムツゴロウさんそのままだった。
1971年に北海道の無人島に移住し、翌年厚岸郡浜中町にムツゴロウ動物王国を開く。さらに1979年にムツ牧場を開園。その後、21年間にわたり放送されたフジテレビの『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』を通して私たちが知った過剰にも感じる独特の動物愛は、81歳のいまなお健在だ。
──いつから人間と動物に区別はないと考えるようになったんですか?
「ぼくが若いころ動物行動学者の多くが『動物を客観的に見るためには、人間が介入しちゃいかん』と主張していたんです。でもぼくは逆なんじゃないかと思った。動物と人間のかかわりを考えないで、なんのための動物行動学か、と。徹底的にかかわっていこうと決めたんです」