もしも歯を失ったら…その時、最も身近な選択肢は入れ歯だ。厚生労働省による「平成23年国民健康・栄養調査報告」によると、食事のときにいつも入れ歯を使っている人の割合は、70才以上で60.1%だ。それほど多くの高齢者が使っていながら、自分に合わない入れ歯を使っている人も少なくない。山形屋歯科坂上医院の坂上俊保さんが言う。
「入れ歯を作ったけど噛むと痛い、うまく噛めない、外れやすい、といったトラブルを抱える患者さんは、毎日のようにいらっしゃいます」
高齢化社会を迎え、入れ歯を作る人は、今後、増加していくとむらおか歯科・矯正歯科クリニック院長の村岡秀明さんは言う。
「若いうちは健康な歯を保てていても、年を取るほど歯周病などで歯を失うリスクはどうしても上がります。インプラントなど新しい治療法も浸透していますが、費用の面でも入れ歯の負担はインプラントと比べてそれほど大きくない。完全自由診療で1本40万~50万円するインプラントに対し、入れ歯は保険診療なら片側の総入れ歯の一部負担が1万~1万5000円、部分入れ歯なら5000~1万3000円です。自由診療でも、インプラントの10分の1程の料金で作れます」(村岡さん)
入れ歯には、すべての歯が抜けた人のための総入れ歯と、部分的に歯が抜けた人のための部分入れ歯があり、その技術は、この10年で飛躍的に進歩している。
保険診療で安価に作れる金属のバネを使った入れ歯のほか、全額自己負担の自由診療で費用も高く、金属を使わず樹脂でできているノンメタルスクラプデンチャー、バネではなく磁石で固定するマグフィット義歯など治療の選択肢は広がっている。
だが、坂上さんが指摘するようにトラブルがあとを絶たないのはなぜなのか。
「原因はさまざまですが、入れ歯の噛み合わせが合っていない、極端な噛み癖がある、抜歯後に顎の骨が歯茎の中でとがっているなどの場合に痛みを感じることがあります。また、保険診療で作る入れ歯には、金属のバネがついているため、口の中で引っかかって話しにくいとか、笑ったときバネが見えるのが恥ずかしいと悩む人もいます」(坂上さん)
前出・村岡さんは「部分入れ歯は、残っている歯がダメになりやすい」と指摘する。
「部分入れ歯の欠点は、健康な歯に金属のバネをかけて固定するため、気づかないうちにその部分が虫歯や歯周病になりやすいことです。自分できちんとブラッシングするのは難しいので、定期的に歯医者に行ってクリーニングしてもらったほうがいい。
合っていない部分入れ歯を入れていると、歯茎がやせて、ほかの歯も抜けやすくなります。総入れ歯は手入れが楽ですが、合わないと顔全体のバランスにも影響を与え、顔つきが悪くなります。逆に、いい入れ歯なら20才は若返って見えますよ」(村岡さん)
安価ですぐできることもあり、初診では、ほぼ全員が保険診療の入れ歯を選ぶという。
「はじめて入れ歯を作るかたには、歯科医自身も、まずは保険診療の入れ歯をお勧めし、患者さんに入れ歯に慣れてもらわなければいけません。自由診療のもののほうがクオリティーが高いといっても、結局、入れ歯が異物であることには変わりません。どうしても耐えられない患者さんもいるんです。保険診療の入れ歯に慣れてから、自由診療のものに作り替えていくかたも多いです」(坂上さん)
保険診療の入れ歯は、使用できる素材が決まっている上、歯科医師の技術料を最小限にまで抑えた低コストで作っているため、いくら調整しても患者の満足のいくものに仕上げられないこともある。