ジャーナリスト、宮下洋一氏によるSAPIO連載「世界安楽死を巡る旅 私、死んでもいいですか」。スイスから始まった「安楽死を巡る旅」は、オランダ、ベルギーを経由していよいよ海を渡ろうとしている。アメリカは世界をリードする超大国である。一方、キリスト教信仰が厚く、「神の国」という顔を持つ同国で、安楽死を巡る議論が進んでいるとは言い難い。そんなアメリカで一昨年末、ある女性の死が衝撃的に報じられ、事態が急展開した。
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〈親愛なる友人と家族よ、さようなら。末期の病気により、私は今日、尊厳死します。(中略)世界は美しい場所。旅は、偉大なる私の教師。友人や家族は、偉大なる提供者。今でも、これを書いているベッドの周りで、私を支えてくれている。さようなら、世界のみんな〉
2014年11月1日、世界中で報じられたある女性のフェイスブック上の書き込みである。死の直前に自らキーボードをたたき、投稿したものだ。
ブリタニー・メイナード、享年29。美貌を持って生まれたこの女性が脳腫瘍に冒され、尊厳死を遂げたという物語は、死の1か月前にネット上で尊厳死を宣言するという衝撃的な手法をとったことで全米で大きく報じられ、死の1年半後、カリフォルニア州議会での尊厳死法制定にも繋がっていく。
ブリタニーの夫、ダン・ディアス(43)を説得し、ここまでやって来るのは簡単ではなかった。交渉過程を記すことは省くが、私はどうしてもこのタイミングでダンに会いたかった。
私が訪れる直前の6月9日、カリフォルニア州で、尊厳死法─正確には、End of Life Option Act(人生終結の選択法)─がついに施行されようとしていた。それは夫のダンが、同州議会を駆け巡り、勝ち取った賜物だった。おめでとう、ダン。私は、まずその出来事を祝福した。
「いや、私のではない。彼女の法です」
笑顔で喜びを表そうとするように見えたが、顔つきはすぐに険しくなった。
「彼女の願いを何が何でも叶えると誓っていました。約束が2日前、ようやく果たせました」
29歳でこの世を去った若きアメリカ人女性の願いとは、一体何だったのか。死の1か月前に投稿された動画では、彼女はこんな言葉を綴っている。
「アメリカ国民全員が、同じ医療制度(尊厳死)を受けられることを望んでいます……」
前述したが、アメリカでは、一部の州を除き、医師の処方した薬物を使用した尊厳死が法制化されていなかった。カリフォルニア州在住のブリタニーが、当時、尊厳死を実現するためには、別の州に引っ越さなくてはならなかった。そうした医療制度への疑問を訴えたこの動画は1時間で10万アクセスを記録し、2日間で800万人が視聴した。