「腰の痛みはどの程度ですか」「今後は訪問診療をしましょうね」──。神奈川県横須賀市の民家。里中朗さん(仮名・85才)が横たわるベッドの前に家族と医師、ケアマネジャーと訪問看護師らが車座になる。
里中さんは末期の胃がんで入院先から自宅に戻ったばかり。医師らは代わる代わる里中さんと家族に質問を投げかけ、時には議論もする。
これは、在宅医療の開始直後に行うカンファレンスの一場面。主治医である、横須賀市にある三輪医院の千場純院長はケアマネジャーとともに痛みの程度や今後の希望について、里中さんや家族に尋ねながら意見をまとめ、治療方針を決めていく。里中家を出たのち、千場さんがつぶやいた。
「今日は里中さんが退院して最初の日なので、帰宅後の様子や家族の対応を確認しました。在宅診療は対応のスピードが欠けると後手を踏むので事前の準備が大切です。こうした多職種参加によるカンファレンスを退院前後にできるかどうかで、在宅医療の進みが格段に変わります」
この夏、厚生労働省は、死亡者全体のうち、自宅で亡くなった人が占める割合を全国1741市区町村別にまとめた初めての集計を出した。さらに、女性セブンは、このデータをベースにして、人口10万人以上の自治体における在宅死の割合をランキング化。すると、その1位となったのが神奈川県横須賀市だったのだ。つまり、横須賀市は日本でもっとも在宅死率が高い都市ということになる。これは、今までの取り組みの成果だと言うのは、横須賀市健康部地域医療推進課の川名理恵子課長だ。
「横須賀市は2011年度から在宅での看取りに取り組んでいます。私たちは病院で最期を迎えるのが当たり前と思いがちですが、最期まで在宅医療を受けたいと願う市民もいます。行政として、その願いが叶うようにしたいとの思いで始めた取り組みです」
もともと横須賀市は在宅での医療が不可欠だったというのは千場さんだ。
「横須賀は中核都市としてはお年寄りが多い土地柄ですが、急な坂道や階段が多くて通院が難しく、医師が往診する文化が昔からある。国の推奨する、定期的な訪問診療が根づく風土があったんです」
とはいえ、全国1位を達成するまでに増加した在宅死は、地道な活動のたまものだ。
横須賀市が取り組んだのは市民への啓発活動だった。自宅で受けられる医療・介護サービスや、終末期にどんな医療を受けたいかを示す「事前指示書」などを紹介する他に、在宅医療ガイドブックを作成。職員が町内会や老人会に出向いて在宅医療について説明したり、看取りについてのシンポジウムも毎年、開いている。
同時に力を注いだのは、現役ケアマネジャー・田中克典さんが指摘した、「多職種の連携」だった。在宅看護をスムーズに行うには医師の診察だけでは足りない。医師と連携して「痛い、つらい、苦しい」との患者の訴えに耳を傾けて適切な手立てを考え、点滴、褥瘡処置(床ずれを外用薬などによってケアすること)などの医療行為を行う訪問看護師が果たす役割は大きい。
また、在宅医療を希望する高齢者は認知症などで要介護状態にあることが多く、患者や家族の要望に応じてケアプランを作成するケアマネジャーや、実際の介護を担当するヘルパーの尽力も必須だ。