【著者に訊け】本城雅人氏/『英雄の条件』/新潮社/1800円+税
〈薬は、悪なのか?〉リオ五輪の興奮から早1か月。トップアスリートの孤独と本能に迫る本城雅人著『英雄の条件』が、話題を集めている。
発端はロス、〈ヘブンリー通り39番地〉の元医師宅で発見された1冊のノートだった。そこには地元ブルックスの大スター〈ジェイ・オブライエン〉らの名が謎の数字と共に記され、これを解体業者が新聞に売ったことで、後に全米を揺るがす薬物禍〈ヘブンリーゲート事件〉は明るみに出る。
一方かつてロスを拠点に活動していたジャーナリスト〈安達康己〉は、米国紙の依頼で5年前に引退した元メジャーリーガー〈津久見浩生〉の疑惑を追っていた。古巣東都ジェッツの監督就任も囁かれる国民的英雄がまさかと思うが、編集部が入手したリストには確かにその名があったという。なぜ選手たちは禁止薬物に手を染め、なぜドーピングはなくならないのか―。人々の欲望の果てにやがて驚愕の真実が像を結ぶ。
「構想は2013年のバイオジェネシス事件でクリニック関係者のリストにアレックス・ロドリゲスの名前が出た頃からありました。もし有名な日本人選手がドーピングをしていたら、日本人はどう反応するのか。
いざという時にアタフタしてほしくないし、その先どうなるかを半ばSF的に仮想体験できるのも小説の醍醐味だと僕は思う。今やドーピングは他人事でも何でもないし、『日本人はそんなことしない』と言う人は選手を冒涜しているとすら思います」
元スポーツ紙記者として長年現場にあった氏には、日本でも薬物=悪として、英雄が一夜にして転落する未来が容易に想像できたという。だからこそ津久見をメジャーでも実績人格共に尊敬された紳士として造形し、〈フェアな選手が、肉体までクリーンかどうかはわからない〉等々、極端な状況をあえて設定する。
「日本人でクリーンなスラッガーというとみんなが同じ人を想像し『あの人ですか』と聞かれたり、『英雄』を名前として読んでもうひとりのメジャーリーガーかとも聞かれましたが、モデルは誰でもありません。メジャーの最高峰を目指す選手であれば、全員が同じジレンマに悩むと僕は思っています。
そもそも我々は『絶対に勝て』と言う一方で『清く正しく戦え』と矛盾したことを選手に求めている。それは観る側の理想の押し付けに過ぎないのです。本書を書くにあたってはプロ野球選手にも話を聞いていますが、ギリギリで戦っている彼らに、本書の津久見の行動を否定した人はひとりもいませんでした」