「親父の十七回忌に、僕はテニスの試合で遅れたんですよ。それでお墓に行ったら、真っ黒に日焼けした僕を見て松林さんが『君や!』といきなり言ってきて。その夜に母から『監督が青年将校役で出てほしいと言っている。ここから先はあなたの人生だから自分で決めなさい』と。
『親父ってどんな人だったんだろう。役者やっていて、どんな気持ちだったんだろう』って初めて考えるようになりました。大人になる、社会に出るという時、きっと男の子って知らないうちに父親の背中を判断材料にすると思うんですが、僕にはその判断材料がなかった。
それで監督に会うことになったのですが、その時点では断るつもりでした。ところが、監督に『ワシはどうしてもあんたが必要なんだ。答えを出してくれ』と言われた時、何かに押されるように『分かりました。やります』と答えてしまったんです。今から思いだしても、なんでそう言ったのかは分かりません。あの時押したのは、親父しかいないような気がしています。
映画の現場で嬉しかったのは、当時のスタッフから親父の話を聞けたことです。早く亡くなった人は英雄になるので、子供の頃から父のいい話しか聞けなかったのですが、彼らから『お父さん、綺麗な女性が好きでね』とか聞けて。それが嬉しかった。
なぜかカメラ前に立つのは平気でした。大学に戻って授業で指されれば赤くなるのに。自分で自分が分からなかったです」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
◆撮影/五十嵐美弥
※週刊ポスト2016年10月14・21日号