ジャーナリスト、宮下洋一氏によるSAPIO連載「世界安楽死を巡る旅 私、死んでもいいですか」。前号では、You Tubeで自らの死を宣言したのち、医師の処方薬で、命を絶ったアメリカ人女性を紹介した。彼女があの世へと旅だったのは尊厳死が認められるオレゴン州だった。
それと同じ地で、16年前に安楽死を試みながら、医師の説得によって闘病を選んだ女性が今号の主人公である。彼女はいまも生きている。もし安楽死を選んでいたら─彼女の言葉は、取材で積み上げてきた筆者の考えを根底から覆す。
* * *
およそ2年前のことだった。私は、スペイン国内の出張先で、安楽死問題の特番をテレビで見た覚えがある。
要約すると、50歳代で癌が見つかったジャネット・ホールという米オレゴン州在住女性が、同州の尊厳死法を利用して安楽死を試みていたものの、放射線科のケネス・スティーブンス医師の説得で治療に徹した結果、病気が根治。14年経った今でも健在で、安楽死という道を選んだ自分に、今でも後悔の念を抱き続けているという話だった。
今から思えば、あの時、この番組を通じて、私自身の安楽死に対する考えが導き出されたような気がする。たとえ末期状態になっても、安楽死を選んではいけない。治療に挑めば、病気が治る可能性もある。まだ安楽死に無知だった頃の話であって、その後、多くの取材を重ねる中で、その未熟な私の考えが揺らいでいくことは、ここまでの連載で書いてきた通りである。
すなわち、「その人間の尊厳を保つためなら、病状次第では安楽死が許されてもいいのではないか」という発想である。しかし、取材を進めながらも、私は、常に番組のことが頭の隅から離れることはなかった。
アメリカ取材で実現したかったのが、この女性と医師に会うことだった。事前にアポを取ることはできなかったが現地の医療関係者の協力を得て、なんとかケネス・スティーブンス医師に会う希望が叶った。電話をかけると、相手は開口一番、「是非、あなたの取材を受けたい。ジャネットも連れて行きたい」と、期待以上の返事が返ってきたことに、私は驚きを隠せなかった。