2014年10月に最も進んだステージのすい臓がんが発見され、余命数か月であることを自覚している医師・僧侶の田中雅博氏による『週刊ポスト』での連載「いのちの苦しみが消える古典のことば」から、「空海」の「六塵悉く文字なり(ろくじんことごとくもんじなり)」という言葉の解釈を紹介する。
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古代インドでは「死」という苦を課題として出家修行が行なわれていました。お釈迦様は、精神を集中して考えるヨーガ(ヴィパッサナー・ヨーガ)を開拓して仏陀(目覚めた人)となり、「死」という苦から解放されて「不死」を説きました。自己を観察するヴィパッサナー・ヨーガは、現在ではマインドフルネスと呼ばれて世界中に普及しています。
観察は眼・耳・鼻・舌・身・意の六根(六種の観察能力)によるものです。富士山に登る時などの掛け声「六根清浄」の六根です。六根の対象は色・声・香・味・触・法の六境であり、これを六塵(六種の汚れ)ともいいます。「六塵悉文字」は、空海の著作『声字実相義』にある詩の第三句です。ヴィパッサナー・ヨーガで自己を観察することは、仏陀の説法を聞くことになります。それで空海は「六塵悉文字」と言ったのです。
この句を含む詩の全体は「五大皆有響、十界具言語、六塵悉文字、法身是実相」です。初めの「五大」は、地・水・火・風・空ですが、空海は浅略と深秘の二つの解釈があると言います。浅略釈では物質を、深秘釈では仏陀の知恵を表わします。