たばこ、運動不足といった生活習慣・環境的要因、そして偶然が重なって、誰にでも発症しうるのが、がんという病気だ。しかし、特定の遺伝子に異常があると、高い確率で発症するとも言われている。国立がん研究センター中央病院遺伝子診療部門の吉田輝彦さんが解説する。
「たとえば、乳がん・卵巣がんの中で遺伝が原因のものは罹患者全体の5~10%だといわれています。その中で誰もが持っているBRCA1遺伝子あるいはBRCA2遺伝子に異常がある『遺伝性乳がん・卵巣がん症候群』の人は、生涯で乳がんにかかる割合が56~84%、卵巣がんで40~60%と高確率になります」
そこで、「遺伝性乳がん・卵巣がん症候群」であるか否かを調べるための検査があるわけだが、そう単純なものではない。
「充分理解して検査を受けないと、家族の間に溝ができることもある」と指摘するのは医療ジャーナリストの増田美加さん。
「結果が陽性だったら、その遺伝子を子供や姉妹が持っている可能性が約5割ある。だけど、人によってはまだ健康なのに『がんになる可能性が高い』ことを知りたくない人もいます。それを伝えてしまってトラブルになることもあります。だから、伝えるかどうか、カウンセリングの段階で決めておくことが重要です」
しかし、検査の結果が陽性だったにもかかわらず、それを家族に伝えないのは後に大きな十字架を背負うことにもなる。東京都在住の主婦・坂下洋子さん(仮名・46才)は、今でも結果を家族に伝えなかったことを悔やんでいると目に涙を浮かべる。
「姉に『あなたが検査を受けるのは自由だけれど、私は結果を知りたくない』と言われて、検査で陽性だった私は約束通り伝えなかったんです。そうしたら数年後、姉は乳がんを発症してしまった。ああ、あの時どんなに嫌がられても、無理矢理にでも、なんとか伝えていれば…。そうしたらもっと早く見つかったかもしれないんです…。どうしようもないことだと頭でわかっているんですが、すごく苦しくて、姉が告知されたあの日から、私は罪悪感に押しつぶされそうになりながら日々をやり過ごしています…」
出産の悩みにも直面する。「当人同士の問題に他の家族が介入し、深い悩みになる場合もある」と吉田さんは言う。
「実のお母さんから『遺伝するから子供を産むな』と言われた患者さんもいました。お母さんは身内だからこそ涙をのんでおっしゃったと思うのですが、これは基本的に夫婦の間で決めること。非常に難しい問題です」
こうしてみると、遺伝子検査がとても怖いもののように思えてくる。しかし、「遺伝子異常があったとしても、誰にも責任はない」と、ピンクリボンブレストケアクリニック表参道の院長・島田菜穂子さんは断言する。