男気・黒田博樹の現役引退表明──。今年の日本シリーズは、このニュースから始まった。黒田が今季限りでユニフォームを脱ぐと発表したのは、シリーズ開幕4日前のこと。このタイミングでの会見となった背景には、同僚・新井貴浩の進言があった。
「カープファンの皆さんに、黒田さんの最後の登板を目に焼き付けてほしかった」。新井は進言の理由をこう語る。だが“広島の象徴”の引退決断は、同時にカープナインに強い結束力をもたらした。黒田さんに男の花道を──。
「チームがギュッと締まった。そういう雰囲気になりましたね」(新井)
一つにまとまった広島は勢いに乗り、第1、2戦を連勝。赤色で埋め尽くされた地元・マツダスタジアムは熱狂の渦に包まれた。
シリーズ全体を通して印象に残ったのは、25年ぶりに日本シリーズに臨んだ広島ファンだ。その熱気は凄まじかった。第3~5戦が行なわれた札幌ドームでも、スタンドの4分の1ほどを赤い軍団が占めていた。
「マツダスタジアムのチケットが取れなかった」30代自営業の男性は、仕事を休んで札幌に来たという。ほかにも「(2人の)子供の学校を休ませた」という4人家族もいたし、生後2か月の乳児を抱えたカープ女子ママもいた。
札幌在住の主婦は、「北広島出身の旦那の影響で、家族揃って広島ファン」だと教えてくれた。北広島市は札幌市の南東に隣接する北海道の街。明治時代に広島県人が集団移住した土地だ。「今までは周囲に(カープファンだと)言い辛かったけれど、今年は堂々と公表できる」と、優勝を喜んでいた。
すすきのでは、赤いユニフォーム姿が、街を闊歩する様子をたびたび目にした。札幌のタクシー運転手は、「こんなの阪神ファンと広島ファンだけですよ」と苦笑いする。
第1、2戦にも、札幌から日本ハムファンが駆け付けていたはずだが、そういえば広島の繁華街である八丁堀や流川では、ファイターズのユニフォームはほとんど見かけなかった。シリーズ開幕前、両チームは育成を重視する点でカラーが似ていると評されたが、ファン気質はかなり対照的だった。
さて、黒田効果と熱烈なファンの後押しで連勝という最高の滑り出しをした広島だが、第3戦でその勢いを自ら手放してしまう。1点リードの8回裏。1死二塁で大谷翔平を打席に迎えたとき、広島ベンチは敬遠を指示。次打者の4番・中田翔と勝負したが、裏目に出て逆転二塁打を浴びてしまう。
逆転のランナーを自ら塁上に送ったこと。守備固めしなかったこと。広島の失着はいくつかあったが、最大の間違いは第1、2戦でブレーキになっていた相手4番打者を目覚めさせたことだろう。結局、試合は延長戦にもつれ込み、10回裏2死二塁の場面で、今度は大谷と勝負をしてサヨナラ打を浴びた。采配のチグハグさは否めない。
広島は失った勢いを取り戻せず、日本ハムが10年ぶりの日本一に輝いた。