劇的な幕切れとなったアメリカ大統領選挙。勝ったのはビッグアメリカ、ストロングアメリカの夢ふたたびと訴えるドナルド・トランプ氏だった。
トランプ次期大統領はTPP(環太平洋経済連携協定)について、批准するかどうかも含めて全面見直しすることを明言しているが、選挙中、槍玉に上げていたもののひとつが自動車だ。マスメディアがアンチトランプキャンペーン一色だった中で、「牛肉に関税をかけるのなら同じだけ車に関税をかけてやる」という発言はしばしば取り上げられた。
もしトランプ氏がその強硬な態度を崩さないのであれば、ビル・クリントン元大統領時代の日米貿易摩擦の再燃すら懸念される。関税アップを人質にして求めてくるものは何か。現在、100%子会社が多い日系メーカーの株の公開を迫るかもしれない。アメリカ製の日本ブランド車の輸出を増やせと言うかもしれない。
が、単なるバイアメリカンだけではすみそうにない。トランプ氏は選挙戦中、ビッグスリーの拠点であるミシガン州で、アメリカの自動車メーカーを再興させると言って支持を集めた。そのことに鑑みるに、単なるアメリカ製自動車ではなく、ビッグスリーの、それもアメリカ製の車を買えという“無茶振り”を吹っかけてくる可能性も十分にあるのだ。
アメリカと日本では道路事情や燃料価格、税金など、車を所有し、走らせる環境がまったく違う。その日本でアメリカの、アメリカによる、アメリカのための車が果たして売れるものなのだろうか。
日本の自動車産業が急速に力をつけた1980年代以降の実績を見るかぎり、アメリカ車は3勝100敗くらいの勢いで日本の顧客から拒絶されてきた。旧来のアメリカブランドといえばキャデラック、ビュイック、ポンティアック、シボレー、フォード、リンカーン、クライスラー、ダッジ、ジープなど。この中で継続的にある程度のブランドイメージを確立できたのはジープだけで、後はほぼ忘れられた存在である。
それでも1990年代には、アメリカ車を積極的に売り込む動きもあった。前述の日米自動車摩擦の際、トヨタ自動車はバイアメリカンの要求に応える形で提携先であったGMのシボレー「キャバリエ」をトヨタブランドで販売したことがある。
キャバリエは2.4リットルエンジンを積んだ3ナンバーサイズの大衆車。右ハンドル化はもちろんのこと、通常は左側にあるウィンカーレバーも日本式に右側に付け替えるなどの大改修を加えた。
また、そのままのクオリティではとてもトヨタでは扱えないということで、輸入された車をトヨタが1台ずつ検査し直した。販売価格は100万円台と、当時の輸入車マーケットの中では超格安。CMにはアメリカの自動車文化の伝道師的な存在であった所ジョージ氏を起用。当時、海外モデルの輸入販売の雄であったヤナセも呆気に取られたほどの総がかりでアメリカ車の販売に臨んだのである。
その努力も空しく、キャバリエはまったく売れなかった。アメリカ市場では低所得層のためのお買い得セダン&クーペにすぎず、日本でわざわざそれを選ぶ意味はまったくと言っていいほど見当たらなかったからだ。トヨタは律儀にも、不人気で売れないにもかかわらず一定数を輸入。結果、トヨタ系の中古車ディーラーには100万円を切る価格でキャバリエの“新古車”が大量に並んだが、それでも売れ残る有様だった。