手紙や日記など、書くことによって得られるものがある。届いた手紙がきっかけで始まる映画と、自分で自分の人生を語りながら、自らを再生するナラティブセラピーについて、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏が語る。
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ぼくは映画大好き人間。コメンテーターをしている日テレの「news every.」で3か月に1回くらい、オススメ映画コーナーを持っている。年間10本は新聞に映画のコメントを出している。
このところ映画界が元気だ。「シン・ゴジラ」はたくさんのお客を集めた。「鎌田さん、みた?」と何人もの人に聞かれた。「単なる特撮映画じゃない」「みたらいい、絶対に好きだよ」
興行収入170億円を超えたという「君の名は。」は、もっとたくさんの人にすすめられた。ヒットしている映画より、スポットライトがあたってないが、輝いている映画をみつけるのが好き。偏屈なんだ。そんなぼくがこの秋みた映画は、なぜか、手紙が重要なモチーフになった作品が多かった。
その一つが「手紙は憶えている」だ。主人公は、90歳。寝るたびに記憶が薄れていく認知症の老人だ。奥さんが亡くなったことも、覚えていない。そんな彼に友人から一通の手紙が届く。「覚えているかい。奥さんが亡くなったら、君が復讐することを誓ったことを。忘れても大丈夫なように、すべてを手紙に書いた」
手紙の送り主と主人公は、アウシュビッツで、家族を殺された。収容所の責任者が名前を変えて今も生きている、捜し出して復讐せよ、というものだった。
90歳の老人が銃を買い、4人の容疑者のもとへと旅を続ける。失っていく記憶と、決して消すことができない記憶。信じられるのは手紙だけ。最後の5分間、衝撃の結末を迎える。人間が抱える秘密に迫るような迫力あるサスペンスだ。
ナラティブテラピーという心理療法がある。自分で自分の人生を語りながら、問題点を見つけたり、過去の物語をとらえ直したりすることで、自らを再生していこうというものだ。「ナラティブ」とは「語り」という意味だ。
手紙も、自分のなかにある思いを何度も反芻し、言語化するという点で、ナラティブテラピーの一つだ。
2年ほど前、広島に住む28歳のNさんから手紙をもらった。面識はなかったが、ぼくの本を読んだり、講演に来てくれたことがあるという。その手紙には、肺がんのため37歳で2か月前に他界した夫の、4年間の闘病とそれを支える彼女の思いが綴られていた。