【著者に訊け】吉田修一氏/『犯罪小説集』/KADOKAWA/1500円+税
現在映画も大ヒット中の『怒り』で、吉田修一氏は身近な人間すら信じきれず、怒りも憎しみも内に秘めた人々の不信を巡る光景を、東京・千葉・沖縄の3地点に並行して活写してみせた。
最新刊『犯罪小説集』の冒頭の1作、「青田Y字路」にも、こんなシーンがある。〈怒号が飛び交うなか、五郎はこの熱狂に呑み込まれていいものかどうか迷った〉〈お前は当事者なのだから、もっと怒れ! もっと憎め! と、この群衆に担ぎ上げられそうだった〉
10年前、当時7歳だった孫の〈愛華〉は下校途中に姿を消し、未だ行方不明のまま。そして今、再び同じY字路で幼女が消えた。アジア系の母親と骨董市で偽ブランド品を売る物静かな青年〈豪士〉が怪しいと殺気立つ人々の群れに、五郎はまさかと思いつつも呑みこまれていく……。なぜ人は人を疑い、なぜ犯罪は起きるのか。そんな究極の問いに、名手が挑む。
近年は市橋達也・現受刑者の逃亡劇(『怒り』)や、相次ぐ育児放棄事件(『太陽は動かない』)に着想を得るなど、現実の犯罪シーンと果敢に切り結んできた印象のある吉田氏。本書でも、場末のスナックを舞台にした保険金殺人(第2話「曼珠姫午睡」)や、カジノに嵌った大企業の4代目(「百家楽餓鬼」)など、それぞれあの事件が重ならなくもない。
「もちろんそのままじゃなく、あくまでベースです。最近は長編が続いたこともあって、長編で犯罪を扱った時に見えるものと、短編を5つ並べた時に見えるものは、また違うんじゃないかと思ったのが元々の着想です。
実は『怒り』でも、逃亡中の殺人犯に似た男が日本全国に出没する風景を、十数か所書く予定だった。今回はその続きというか、一種の犯罪列島地図を通じて日本の今みたいなものが見えてくればいいなあと。