歴史と伝統ある林家一門の大事な継承者として一族の期待を一身に背負う“大女将”海老名香葉子さん(83才)。香葉子さんは「昭和の爆笑王」として名を馳せた初代・林家三平(享年54)の妻。夫の死後は林家一門を「大黒柱」として必死で支えてきた。
一門の切り盛りをしながら、家族についてや自身の戦争体験について語る講演会で全国を飛び回る日々。そんな精力的な香葉子さんだが、実は7年前に左乳房にがんが見つかり、手術をしている。
手術のために入院している間、ふと頭に浮かんだことがあった。
「おばが、がんで若いときに亡くなったんです。首の付け根にふくらみができて、わかったときにはすごく進行していました。私は最後の最後まで見ていたけれど、結局50才で、結婚しないまま亡くなりました。そのおばの苦しんでいる姿がよみがえってきたんです。だから、がん=死、という怖いイメージがありましたし、自分の行く末をおばと重ねて考えることもありました」(香葉子さん・以下「」内同)
しかし、肝臓がんで54才で亡くなった、夫の初代・三平の姿と自身のがんは「全く重ならなかった」と言う。本誌の取材にもそれまで明るく話していた香葉子さんが一転、身をかがめてうつむいて話す姿は、夫に先立たれるという悲しみが簡単に癒えるものではないことを物語っていた。
「夫ががんだとわかったときはもうかなり進行していて、余命1年と言われ、『先生、話が違います』という気持ちでした。その前に脳出血をしてリハビリをしていたから、同じ病院で毎月検査していたんです。にもかかわらず、肝臓がんを見落としていたの。
新聞社に勤めていた甥が『これは医療ミスだから、ちゃんと話し合いをしなくちゃいけない』と言ったけれど、夫が『主治医の先生のことが大好きだから、争いは嫌だ』って」
その後医師たちが、見落としたことをそろって謝罪に来た。また、最近になって初めて、夫の主治医が随分悔やんでいたと人づてに聞き、「夫の言った通り争わなくてよかった。どんな名医でも過ちはあるし、それを責めてはいけないんだ」と悟った。
検診、そして治療…どの段階でも、医師の言葉をうのみにしてはいけないということは、この連載でも繰り返し伝えてきた。医師の「大丈夫」は100%ではない。何より重要なのは、自分の体の声に耳を澄ませ、異変に気づくことだ。
「ずっと抱えていた鼻炎や冷え性、低体温の症状を軽く見ないで向き合えばよかった。小さな鈴だと思っていた音が、気づいたら、鐘で襲ってくる」
香葉子さんは自分に言い聞かせるようにそう語った。