【著者に訊け】柚月裕子氏/『慈雨』/集英社/1600円+税
私事で恐縮だが、筆者は折角の本を汚したくなくて、帯やカバーを全て外してから読む、生来の貧乏性だ。そんな事前情報の一切ない状態で柚月裕子氏の最新作『慈雨』を読み進め、「えっ、これ、ミステリーだったんだ?」と驚くことになった。
主人公は定年後、夫婦で四国を巡礼する元群馬県警の刑事〈神場〉。その道中、地元で起きた幼女殺害事件や16年前の事件を巡るある悔恨、旅先で出会った人々の悲しい過去にミステリーとも思わず引きこまれたのだが、そもそも順序が逆だったのかもしれない。
彼が遠く四国にいるのも、引退した元警官であるのも、探偵役が予め負荷を負った推理小説の王道。いわゆる安楽椅子探偵や、捜査権を持たない私立探偵のように、神場が現場から遠く離れた元刑事だから、もどかしく、ハラハラするのである。
だがジャンルなど、実は関係ないのかもしれない。これは人々のままならない人生を、時に冷たく、時に優しく包み込む、何も言わない雨の物語なのだから。
「元々私は何かしら後悔を抱えた人が生き直す、再生の物語が書きたくて、神場夫婦を巡礼に行かせたんです。ちょうどこれを書き始めたのが霊場開場1200周年にあたる年で、お遍路さんにも一番札所から順に回る順打ちと特に重いものを抱えた人の逆打ちがあり、物凄く奥が深いらしいんです。
しかも八十八所を全部回ると2か月はかかる。42年の警官生活に終止符を打った元刑事が妻〈香代子〉と歩く中で、胸に去来する思いだったり、前に進むには決着をつけなきゃならない過去だったりを、それこそ60年の人生分、追ってみようと思いました。でも言われてみれば、確かに安楽椅子探偵ですよね。今、気がつきました(笑い)」