特許庁で働きながら考古学を学んだ青年・大塚初重氏は、90歳の今も毎月教壇に立ちながら最新の考古学研究にも携る。「現役時代より勉強している」という最年長考古学者が、考古学の魅力と、2016年度の講義テーマ「天皇陵」について語った。
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昨年8月には、僕らが20代の頃に発掘した登呂遺跡の出土品775点が重要文化財になりましたが、やっぱり遅すぎます。戦争が終わって2年目の昭和22年(1947年)に発掘したものですから。
僕は戦後の上海から復員した時には、考古学という学問を知りませんでした。戦前の歴史教育では、日本は神々が作ったもので、神=天皇だといって神武、綏靖……と歴代天皇の名前を覚えさせられました。古事記や日本書紀の世界がすべてでした。
復員後、特許庁に勤めながら通った明治大学の夜学で後藤守一先生の「考古学」という時間割があり、“考える古い学問”に興味を抱いて受講しました。
その授業で、後藤先生が「来年(昭和22年)の夏から登呂遺跡で発掘するが、希望者がいたら連れていく」といったので、病院で「強度の神経衰弱症で長期療養を要する」という偽の診断書を作ってもらい、仕事を休んで発掘に参加しました。スコップ片手に頑張ると「君、体はこまいがいい腰をしている」と後藤先生に誉められ、安易に“僕にも考古学ができる”と思っちゃった(笑い)。この時の出土品が昨年、重要文化財となったものです。
発掘終了後、仕事を辞めて昼間の文学部に編入し、大学院まで行きました。すでに結婚していたので生活は大変で、お袋や家内が内職し、時には質屋通いもしました。考古学をやる人間は金持ちが多く、質屋に通って学者になったのは僕くらいです(笑い)。