いまや日本プロ野球界の顔となった北海道日本ハムファイターズの大谷翔平投手だが、彼を「二刀流」のまま起用し続け、チームを日本一に導いたのが、連覇を目指す栗山英樹・監督だ。戦術の要所要所で歴史上の偉人や奇才が残した教訓、逸話をヒントにしてきたという栗山監督と、本誌・週刊ポスト連載「逆説の日本史」著者の作家・井沢元彦氏の対談で、大谷の二刀流について語り合った部分を紹介する。
栗山英樹(以下、栗山):去年のソフトバンクとのCSの最中、2敗してかなり追い込まれたときに、ちょうど(井沢)先生が出演した番組(BSジャパン『逆説の日本史』)を見て、田沼意次(江戸幕府の改革派老中)の生き方が参考になったんです。今の評価と、将来評価されることには大きな違いがある、100年後にならないとわからないこともあるんだというお話に、勇気をもらいまして。
井沢元彦(以下、井沢):何に悩んでいたんですか?
栗山:CS全6戦の戦い方は最初から決めていたんです。けれど、それを崩してでも次戦で空気を変えたほうがいいのか、それとも、このまま信念を貫くべきか。
井沢:どちらの決断をされたんですか?
栗山:最初に決めたとおりにしました。僕は「歴史はデータだ」と思っていて、先達が積み上げてきたデータの蓄積のなかに答えがあるような気がしているんです。野球については100年ぐらいかけて考え尽くされているので、もはや目新しい作戦を編み出すのは難しい。それなら野球以外の歴史を作った人たちから知恵をもらったほうがいいだろうと。
井沢:長期的に見ないと歴史は分かりません。田沼意次は財政再建に取り組んだり、思い切った改革をやったんです。ところが、そういう身を切る改革は同時代の人々には不評なので、「田沼は悪いことをした」という史料しか残されていない。大谷翔平の二刀流だって、「そんなことやった奴いないじゃないか、うまくいった例はないじゃないか」と、そういう批判のほうが残りやすいわけです。
栗山:僕が失敗してたら批判しか残らないわけですね。もっとも、今でも批判されてますが(笑い)。