その報せは日本のみならず米国の野球関係者も落胆させた。WBCの創設会見から取材するMLBアナリストの古内義明氏が指摘する。
* * *
アリゾナ州ピオリア。その日、大谷翔平がどんな言葉を発するのか、注目が集まっていた。
「(代表の)ユニホームを着てプレーしたいというのはすごくあったし、そういう特別な大会。期待してもらったのに、応えることができないのが申し訳ない」
この一報は、多くの全米のスポーツメディアが取り上げるニュースとなった。中でも、アメリカで一番の人気を誇る『スポーツイラストレイテッド』誌(電子版)は、「今大会で一番の注目選手」「近い将来、メジャーでプレイするかどうか不透明となった」と、出場辞退を残念がりながらも、このケガが彼の未来にどんな影響を及ぼすかまで分析していた──。
時計の針を2005年まで戻す。ミシガン州デトロイトの郊外にある高級ホテルのバンケットルーム。バド・セリグ前コミッショナーは、「ベースボールの国際化」を高々と宣言し、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の創設を宣言した。
その声を会見場で確かに聞いたが、これは単なる建前に過ぎなかった。この当時、MLB機構はITに特化した子会社MLBアドバンスメディアを筆頭に、急激に売り上げを伸ばし、拡大路線を歩んでいた。そこで、次の新規事業として、WBCというビジネススキームを構築し、その運営会社として、MLB機構と選手会が手を組んでWBCインク社を立ち上げ、子会社化した。
WBCで得られる放映権、チケット、スポンサー、飲食、マーチャンダイジングなどの収益は独占的にWBCインク社が一括管理し、参加国や優勝国には決められたパーセンテージによって利益が配分される仕組みだ。すべてのリスクを負っているとは言え、実質的にMLB機構の一つの事業に過ぎず、国際サッカー連盟が主催するワールドカップとはその構造で大きく違うのがWBCだ。
北米の野球ファンにとって、最高の舞台はWBCではなくワールドシリーズ。これは現時点でも1ミリも変わっていない。2006年の第1回大会はメジャーのキャンプ地であるアリゾナで1次ラウンドが開催されたが、約5万人収容のチェースフィールドは閑古鳥が鳴き、シカゴ・カブスやサンフランシスコ・ジャイアンツのキャンプ地は満員の観衆が詰めかけ、現場で取材した身としては各国の代表チームには酷に映った。ファンの興味という点でも、現在までも特段の変化はなく、日本の盛り上がると比ぶべくもない。
逆風の中、MLB機構にとって、日本代表の活躍と思い入れは、唯一の希望の星だった。西海岸在住の日系コミュニティの興味を喚起し、観客動員に結び付けた。特に、日韓戦はWBC唯一のドル箱カードと言っていいほど両国のナショナリズムを刺激する一戦に成長。野球中継が低迷する中、視聴率40%越えのキラーコンテンツとなったWBC中継は日本の国内スポンサー獲得を容易にし、侍ジャパン創設の礎になった。
対照的なのは、アメリカ国内だ。昨年、アメリカのメディアがWBCの存続危機について報道したが、MLB機構内では、その存続については度々議論されてきたという。その一番大きな理由が、アメリカ代表が過去3大会で一度も優勝できなかった体たらくぶりだ。これはMLB機構の中枢部にとってもかなり大きな誤算だった。