がんに対する放射線治療は、機器の進歩で範囲を限定し、正確な照射が可能になったことで治療効果が上がっている。実は、放射線治療は照射した部分に留まらず、転移巣(てんいそう)など離れた病巣に対しても効果を発揮し、がんが縮小や消滅することが以前から知られていた。これを「アブスコパル効果」というが放射線の専門医でも、ほとんど遭遇したことがないほど発生頻度が低く、証拠となるデータがなかった。
福島県立医科大学医学部放射線腫瘍学講座の鈴木義行教授に話を聞いた。
「アブスコパルは、ラテン語の遠くを意味する“アブ”と古代ギリシャ語の狙うを意味する“スコパル”の造語です。以前から放射線の照射により、免疫が何らかの影響を受け、それによって照射されていないがん病巣も縮小や消滅するのでは、と考えられていました。
2011年のノーベル医学生理学賞は、獲得免疫における樹状細胞(じゅじょうさいぼう)と、その役割などに対する研究業績が評価され、3人の研究者が受賞しました。その後、腫瘍免疫学の研究が進み、アブスコパル効果を高率で発生させるメカニズムが明らかになりつつあります」
放射線をがんに照射すると、がん細胞が死に、死んだがん細胞から免疫の刺激作用があるタンパクや、がん抗原などが放出される。その物質をマクロファージや樹状細胞が吸収し、腫瘍を特異的に攻撃する細胞障害性Tリンパ球を活性化させる。この細胞障害性Tリンパ球が遠隔のがん細胞も攻撃する。これがアブスコパル効果のメカニズムと考えられている。