「今日と明日のコンサートのプログラムは違うし、来週からイタリアへ行ってまた違う曲をやる。その次の週もまた違う曲だから、勉強しなきゃならない。2年先のオペラの会議も始まっていて、その譜面も開かなきゃいけない。次から次へとどんなプログラムにするかを考え、いくつもの企画を並行して進めていく感じですね」
こう語るのは年間約100回のコンサートをこなす世界的指揮者・佐渡裕(55)。異なるオーケストラ、異なる言語、異なる楽曲。譜面を読み込み、思いを伝え、100人からの楽団員を一つにまとめあげていく作業は並大抵ではない。1回1回の演奏が緊張の連続だ。しかし、佐渡は、そんな緊張感もまた嫌いではないのだという。
「本番前に緊張できるのは、すごく幸せなことだと思うんです。知らない世界に行くからこそ不安になり、緊張が襲ってくる。それを楽しんでやろうと腹をくくって乗り越えたとき、あ、俺、できたとなって、また次に違うことに挑戦してやろうと思える。そのプレッシャーに負けて折れてしまう人はいます。そこはスポーツの世界とも共通しているんじゃないでしょうか」
小澤征爾、故レナード・バーンスタインの両巨匠から薫陶を受けた佐渡は、1989年、「ブザンソン国際指揮者コンクール」に優勝後、ヨーロッパの楽団で腕を磨いていく。
「片言の英語とフランス語、ドイツ語、イタリア語で30間年やってきた。音楽の現場ではもう慣れたけれど、一番嫌なのは、演奏会あとのパーティでの挨拶。みんな『マエストロ、素晴らしい演奏会をありがとう』という気持ちで迎えてくれているわけで、そこで『ダンケシェーン』だけで終えるわけにはいかない(笑い)。いまでも一番プレッシャーを感じる場面ですね」