漆黒の壁と天井から、無数の音響や照明の機器が突き出している。真っ赤なシートの1階席と灰色のシートの2階席。近未来のライブハウスを思わせるシックな内装の劇場「EXシアターROPPONGI」(東京・港区)だが、その日の舞台上には黒色と柿色と萌黄色の3色タテ縞模様、いわゆる「歌舞伎の緞帳」が下り、大入りの客席の熱気と相まって、異様な雰囲気を醸し出していた。
演目が終わった。万雷の拍手の中で幕が上がると、着物姿の出演者が舞台に並び、1階席に向かってお辞儀をし、2階席に手を振る。
主演の市川海老蔵(39才)は感極まった表情で、右斜め上を見つめていた。視線の先は、1階席と2階席の間に設けられたバルコニー席。初日(2月4日)には舞台の脚本を務めたリリー・フランキー(53才)や、演出の三池崇史(56才)が座っていた特別な席。その日、そこから公演を見つめていたのは小林麻央(34才)だった。
鳴りやまないカーテンコールの中で、海老蔵は妻の方を向いて、大きくゆっくりと、何度も手を振った。そして、その手で目に光るものを拭った――。
小雨が降った2月20日の夕方、海老蔵は、家族4人で外食をしたことをブログにアップ。《家族水入らず。いつぶりなのやら…》と、束の間の休息を楽しんだ。
その日が主演を務めた六本木歌舞伎『座頭市』の千秋楽だった。得意の“目力”を封印し、終始目を閉じて盲目の座頭を演じたほか、歌舞伎初挑戦の寺島しのぶ(44才)も出演するとあり、チケットは即完売の大人気だった。
麻央が観劇に訪れたのは、千秋楽の2日前のこと。夫の舞台を鑑賞するのは、実に1年3か月ぶりで、がんを公表してからは初めてのことだった。
海老蔵は当日のブログで《観に来たんです 昼の部ですが 後で感想聞くの楽しみです》と、喜びをかみしめた。