◆病室からの夕日を「もう見えない」と息子
下の息子に異変を感じたのは、受験勉強のさなかです。前から、「中毒」と自分で言うほど加糖の炭酸飲料が大好きで、ペットボトルを手放さない子でしたが、受験中はそれがひどくなりました。一晩に大びんを2本、ひどいときは3本。
「いくらなんでも飲みすぎよ」と注意しても、「だってのどが渇くんだもん」と、知らぬ間にコンビニに買いに走ってしまうのです。
あのとき、病院に連れていけばと、どれだけ悔やんだことか。小1のときから少年サッカーのクラブに所属していて、健康そのもの。ひ弱な上のふたりとは違って、絵に描いたようなガキ大将。その息子が、うちで私の目の前でくずれるように倒れたときはいったい何が起きたのか。
「ちょっとこれ、ヤバいって」と、居合わせた娘が救急車を呼んでくれたのですが、まさか18才の息子が糖尿病で、急激な高血糖で昏睡状態に陥っていたとは…。それがどれだけ重いか、医師の目の色が変わったことでわかりました。
それから半年の闘病の末、息子は帰らぬ人になりましたが、今でも忘れられない場面があります。ある日、息子の病室に行くと、窓の向こうに見事な夕焼けが広がっていました。同室のみんなは起き上がって窓辺に近づきましたが、息子はベッドに寝たまま動こうとしません。「見ないの?」と声をかけると、ちょっと口ごもって、「うん、もう目が見えないんだよね」と言ったのです。
実はしばらく前から視力をなくしていたのに、私には見えているふりをしていたと、後から看護師さんから聞きました。あのときの夕日。あのときの息子の声は、忘れられるものではありません。
幸い、長男はK大学を卒業した後、公立の医学部に再度進学して医師になりました。娘も就職をして、職場の人と恋愛結婚しています。
それぞれに孫が生まれ、やっと「幸せ」といえる心境…なんて、私に限っては言うものじゃありません。ちょっと油断すると、うちは死が近づいてくる家系ですから。
そういえば最近、62才の夫の体調がすぐれないと言って、近いうちに病院で検査してもらう予定です。何でもないといいのですが…。
〈了〉
※女性セブン2017年3月16日号