かつて寝台特急「富士」に取り付けられていたトレインマーク
桜が咲く景色と富士山は、訪日外国人にもっとも人気が高い観光スポットのひとつだ。桜と富士は日本を代表する風物のひとつとして、企業名や船など様々なものの名称にも使用されてきた。もちろん、鉄道も例外ではない。ある路線を運行されるときに使われる「列車愛称」の世界でかつて人気を二分した桜と富士だが、今では桜に人気が集まっている。列車愛称と桜と富士の過去と現在について、ライターの小川裕夫氏がリポートする。
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春の行楽シーズン。鉄道旅でも不動の人気を誇るのが、桜だ。繊細で可憐な美しさは日本人の心とも形容される。そうした桜への情念は、鉄道にも深く入り込んでいる。車窓から眺めるだけではなく、桜と列車、桜と駅舎といった風景は見る者の心を捉えて離さない。そして、古くから列車愛称にも「さくら」・「桜(櫻)」が使用されてきた。
日本全国を走る列車には、多くの愛称がつけられている。東海道新幹線なら「のぞみ」、「ひかり」、「こだま」、北陸新幹線なら「かがやき」、「はくたか」、「つるぎ」といった具合だ。
列車愛称は、新幹線だけの専売特許ではない。在来線や私鉄、路面電車などにも、愛称はある。JR北海道には「カムイ」、JR四国には「いしづち」、小田急ロマンスカーには「はこね」、「えのしま」、札幌市電では「ポラリス」、広島電鉄では「グリーンムーバーマックス」など、数え切れない。
列車への愛称は、1929(昭和4)年から名付けが始められた。当時、関東大震災の影響で列車の利用者数は激減しており、鉄道省は需要を掘り起こすために特急列車に愛称の導入することを提案。鉄道を身近に感じさせることで需要の掘り起こしを狙ったといわれる。
鉄道省が提案した特急列車の愛称は、即座に広く国民に公募された。公募には、1万9000票以上が寄せられ、得票1位は1007票の「富士」、2位は882票の「燕」、3位は834票の「櫻(さくら)」だった。そのうち、鉄道省は1位の富士と3位の櫻(さくら)を採用。こうして、特急「富士」と「櫻」が走り始めた。