宮城県南部沿岸の亘理郡に住んでいた亀井繁さん(44)は、東日本大震災で自宅を津波に流された。当時39歳だった妻と生後1歳10か月の娘の遺体が発見されたのは3月24日だった。4日後に2人は山形で荼毘に付された。
その夜のことだった。友人宅に身を寄せていた亀井さんは不思議な体験をした。
〈夜中に目が醒めると目の前に二人がいたんです。マスクをしてしゃがんだ妻に寄り添うようにしながら、娘が僕に手を振っていました。ただ映像が、テレビ放送が終わったあとの砂嵐のようにザラザラしていて、輪郭しか見えないんです。ああ、妻と娘が逢いに来てくれたんだと、泣いて手を伸ばしたら目が醒めたんです〉
これは、ノンフィクション作家の奥野修司氏が2月に上梓した『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』に記されたエピソードだ(以下、〈〉内は同書より引用。人物の年齢は同書発売時)。東日本大震災後、被災者から不思議な霊体験の話をたくさん聞いたと、奥野氏は語る。
「最初に被災地に入ったのは、2011年の4月でした。当時は怪談めいたオバケの話がものすごく多かったのですが、1年半ほどすると“身近だった人の霊や魂を感じたことが支えになっている”と話す人が徐々に増えてきました」
そのひとりが亀井さんだった。亀井さんは、単に妻と娘の夢を見たというわけではなさそうだった。目を覚ました後にもう一度目を閉じると、2人は同じようにずっと手を振っていたという。
翌日、津波で2km近く流された瓦礫の中から大切な家族の思い出の品々が次々に見つかった。亀井さんは奥野氏に「妻と娘の魂が導いてくれたとしか思えません」と話した。
その後も、眠っている時に目の前に妻が現われては、亀井さんに「いまは何もしてあげられないよ」「でも、信頼している」と語りかけてくれたという。
「被災者たちはこうした話をしても相手にされないことがほとんどで、病人扱いされて深く傷ついたという人もいました。彼らが私との別れ際に『これは本当のことなんです』と繰り返していたのは、体験したことをずっと人にいえず、胸の内に秘めていたからでしょう」(同前)
当初は奥野氏自身、霊体験という科学的な裏付けのない話が「ノンフィクション作家が扱うべき領域なのか」と悩みながら取材していたという。
「しかし、見え方や感じ方はさまざまでも、被災地の方々は亡くなった身近な人の“魂”の存在を信じ、それによって救われていた。これは紛れもない事実なのです」(同前)