“日本一”のトイレを求めて、日本全国100か所以上のトイレを取材した探訪記者の坂上遼さん。富山・滋賀はウォシュレットなどの温水洗浄便座率が高く、京都・奈良は和式が多い──。誰しもが平等に毎日使うトイレには自ずと地域性、国民性が表れる。『週刊文春』で2年間にわたる『「トイレ探検隊」がゆく!』の連載を終え、この3月に電子書籍(文春e-Books)としてまとめた坂上さんに、トイレ取材を通して見えてきたものを伺った。
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◆「日本人は本当にトイレが好きなんだなぁ」
坂上遼さんがトイレ取材を始めたきっかけは、還暦をすぎ、膝を悪くしたことだった。しゃがみこんだら立ちあがれない──。それまで気にもとめなかったトイレの世界が、急に気になって仕方なくなったという。折しも2020年には東京オリンピックが開かれる。おもてなしの国、日本の公衆トイレはどうなっているのだろうか? 早速、取材を始めた。
「いま日本では、温水洗浄便座(連載ではウォシュ・トイレ)の普及率は、家庭では76%にのぼります。では公衆トイレはどうなっているのだろうか? やはりそれほど普及していなかった。僕は、誰もが使える公衆トイレにこそ、その地域の個性や文化度が表れると考えたんですね。そこで日本最北端の北海道・宗谷岬のトイレから、日本最南端の沖縄・波照間島のトイレまで、トイレをめぐる旅を始めました」(坂上さん、以下同)
元NHK記者の坂上さん。リクルート事件を取材するなど、社会部記者として活躍してきたが、長年の希望は「文化」の追究だったという。
「退職して、ようやく希望が叶いました。僕はずっと文化に興味を持っていたんです。しかも、最近ありがちな上から目線ではなく、文字通り“下”からの取材(笑)。これぞジャーナリズムだなと」
坂上さんの熱意にこたえるように、連載中、読者や有志らによる<トイレ探検隊>が結成される。探検隊員は各地の珍しいトイレ事情を発見するや、坂上さんに知らせる。日本のみならず世界中から、生のトイレ情報が寄せられるようになった。
「10人くらい集まればいいかな、と思って始めたトイレ探検隊員ですが、あれよあれよと増えて、220人を超えたんです。これは嬉しかったですね。ありがたいことに連載が終わった今でも、“こんなトイレを見つけました”と、ハガキをいただくこともある。日本人は本当にトイレが好きなんだなぁと感動しています」
公衆トイレの重要性が高まる場所や時期というのはある。たとえば観光地。空港や駅など多くの人が行き交う場所。花見の時期の公園。そして災害時。坂上さんは熊本地震が発生した後、熊本に飛び、トイレ事情を取材した。
「被災地では、トイレ不足によって、消防団の方が即席の“穴掘りトイレ”を作成するなど、それぞれに工夫がなされていました。そのときの取材でわかったのは、トイレまわりの衛生管理や臭いが、被災者の体調や心的な健康を害する引き金となること。大事なのは事前の備えだと痛感しました」