昨年11月16日夜、米ニューヨーク・マンハッタン・ミッドタウンの最高級ホテル「ウォルドーフ・アストリア」。その中華レストラン「ラ・シーヌ」のプライベート・ダイニングルームに黒のモーニング姿の数人の男たちが集った。
トランプ大統領の登場で「米中関係は最も不安定な時期を迎えた」といわれるが、この夜の“密会”は両者が陰で深く結びついていることを象徴していた。それは「チャイナマネーに取り込まれたトランプ帝国」という構図そのものだ。ジャーナリストの相馬勝氏がリポートする。
* * *
この“密会”のホストは同ホテルのオーナーで、中国有数の保険会社「安邦保険」グループ会長の呉小暉。中国の「改革開放の祖」トウ小平の孫娘の夫でもある。主賓はジャレッド・クシュナー。ドナルド・トランプ大統領の娘婿で、トランプ政権の大統領上級顧問。大統領選からわずか1週間後のことだった。当選祝いの乾杯は1本2千ドル(約22万円)以上もするボルドーワインが何本も惜しげもなく空けられた。
呉小暉は謎多き人物だ。メディアの取材に応じたことは1回もなく、その経歴もほとんど知られていない。彼の名前が知られるようになったのは2014年、安邦保険グループがウォルドーフ・アストリアを買収したことからだ。
ウォルドーフはアメリカを代表する世界的に著名なホテルであり、ニューヨークを訪れる歴代の米大統領のほか、日本の天皇陛下や首相ら各国の要人が宿泊する高い格式を誇る。 それが、当時はまだ創業して10年しか経っていない中国の保険会社が買収したことで大きなニュースとなった。
ことに相手は中国企業だけに、盗聴装置などを取り付けられたら安全保障上の脅威にもなりうるということで、オバマ大統領は定宿リストからウォルドーフを外したほどだ。
その安邦保険グループの総帥、呉は1966年10月生まれで現在50歳の若さ。故郷の温州市平陽県政府の工商局職員という末端の役人としてキャリアをスタートさせた後、これまでに3回結婚している。
2人目の妻は浙江省の副省長や杭州市市長を務めた人物の娘だ。1990年代、役所を辞めて、温州で起業した呉は自動車リースや販売などのビジネスで大きな成功をおさめた。彼の会社は地元の大企業である上海自動車グループのなかで、最大の販売成績を残したのだ。それほど車を売ることができたのは、省政府などの地元の役所や企業に大きな影響力をもつ義父のおかげだったことは想像に難くない。
しかし、呉は間もなく2人目の妻と別れ、2003年、3回目の結婚をした。その相手がトウ小平の孫娘だった。彼女はトウ小平の二女、トウ楠・元中国科学技術省次官の長女。彼女の同僚の紹介で呉と知り合いゴールインした。これで、呉は高級幹部子弟(太子党)グループの一員となった。