「私の誤診率は14.2%である」──神経内科の権威で東大名誉教授の冲中重雄氏は、1963年、東大を退官する際の最終講義でこう述べた。
これは臨床診断と剖検(病理解剖)結果を比較して出した数字で、医療関係者はその率の低さに驚嘆したが、市井の人々は逆に、日本最高の名医でも14%も誤診があるという事実に衝撃を受けた。
また、2004年に世界的に有名な医学専門誌『Archives of Internal Medicine』に、フランスの医師らがICU(集中治療室)で死亡した人々の剖検結果についての論文を掲載した。そこには〈生前診断の約30%は誤診だった〉と書かれていた。よって、冲中氏の「14.2%」は少ないといえる。
誤診が起こる理由としてもっとも多いのが診察時の「見誤り」や「見落とし」だ。実例を見ていこう。
〈3年前に耳鼻科医にアレルギー性鼻炎と診断されて以来、自分でもそう思っていた。ある日、別の病院の医師に「しっかり診てみましょう」と言われ検査した結果、鼻の奥から上咽頭にまで達するポリープが見つかり、「乳頭腫」と診断された〉
乳頭腫とは良性の腫瘍で、皮膚や粘膜の表面の細胞が白く盛り上がって増殖する。痛みなどの症状は特にないが、悪性化すると咽頭がんになり、命に関わるケースもある。井上耳鼻咽喉科院長の井上里可氏が言う。
「鼻炎も乳頭腫も初期症状が慢性的な鼻づまりで、本人がその後も元気だったため、発見が遅れました。もし乳頭腫に気付かずに、腫瘍が大きく育って脳の中にまで達していたら、致命傷になっていたでしょう。
アレルギー性鼻炎という最初の診断を医師も患者も信じ込み、それ以上の検査をしなかったことが、別の病気を隠していたのです」