爺さん、小銭入れの中身を全部掌にのせて姐さんに差し出す。きっと常連なんだろう。姐さんのほうもわきまえていて、10円を3枚、5円を2枚、1円を10枚、爺さんの掌から選りわけていく。
なんか、そこには、とても親密な雰囲気がありまして、それに気づいた私が爺さんを見ると、おお、爺さん、目を細めておった。
姐さんが1枚ずつコインを選りわけるたびに、姐さんの指が爺さんの掌をくすぐり、爺さんは恍惚とした表情を浮かべているではないか。羨ましいぞ。
若い女の手に触れるには50円あれば足りる──。爺さんの経験と熟練が教えてくれた夜だった。
●1963年東京生まれ。早大第二文学部卒。出版社勤務を経てフリーライターに。2002年仲間と共にミニコミ誌『酒とつまみ』を創刊。著書に『酒呑まれ』『多摩川飲み下り』(ちくま文庫)、『ぶらり昼酒・散歩酒』(光文社文庫)、『ぜんぜん酔ってません』『まだまだ酔ってません』『それでも酔ってません』小説『レモンサワー』(いずれも双葉文庫)、『五〇年酒場へ行こう』(新潮社)などがある。
※週刊ポスト2017年5月5・12日号