【著者に訊け】多和田葉子氏/『百年の散歩』/新潮社/1700円+税
世間には国や言語や文化風習等々、一つ所に留まる人と、そうでない人がいる。多和田葉子氏は明らかに後者だろう。創作には日本語とドイツ語を用い、1982年からはハンブルク、現在はベルリンに在住。世界中を表現の場とし、散歩する、物心両面の越境者でもある。
最新刊『百年の散歩』はベルリン市内の10の通りを舞台に、主人公・わたしの脳裏に去来する10の夢想を綴った連作集。カント通り、カール・マルクス通りなど、古の哲学者や芸術家の名を冠した通りはどれも実在し、この町に住む日本人という以外、属性を明かされない彼女は、ただ〈あの人〉を待ちながら町を彷徨うのだ。
以前、「なぜエッセイストの日常は豊かなのか?」と本稿に書いた記憶があるが、何気ない町の景色や、言葉が宿命的に孕む揺れなどが、作家にかかるとアラ不思議。書くに値する物語へと魅力的な変化を遂げるのである。
「今回は私が元々好きな、特に人の名前が付いている通りを選んで、本人の作品を見たり読んだりしながら歩いてみようかなと思って。例えば普通は20秒も見れば見た気になる美術館の絵が3分後にはまた違って見え、さらに15分粘ると全然違うものが見えたりするでしょ。そんな風に自分が空っぽになるまで粘りに粘り、住み慣れた町で目にしたものを全て小説化したらどうなるかという、一つの実験です」