地域の観光に力をいれた結果、激増する観光客のために住人たちが暮らしづらくなってしまっては地域振興策として本末転倒だ。生活路線でありながら観光路線でもある江ノ電をめぐり、鎌倉市と江ノ電が地域で暮らす人が優先して乗車できる仕組みの実証実験を行った。実験に至る経緯からその後の反響まで、ライターの小川裕夫氏が追った。
* * *
神奈川県鎌倉市と藤沢市を結ぶ江ノ島電鉄(江ノ電)は、総延長10キロメートルの短い鉄道路線だ。そんなミニ路線にも関わらず、全国から多くの観光客が押し寄せる。
江ノ電は鎌倉の大仏や江の島の海水浴場といったメジャーな観光スポットを多数抱えるが、風光明媚な沿線風景はたびたびテレビドラマのロケ地にもなり、特に若者から人気を博してきた。また、最近は聖地巡礼と称したマンガやアニメのファンたちによる訪問も増えている。さらに、歴史ある鎌倉は訪日外国人観光客も増加中で、江ノ電車内でも外国人観光客の姿を見かけない日はない。
いまや地方のローカル線は沿線人口が急減し、赤字がかさんでいる。利用者が急減したローカル線では生き残りのために観光客誘致を打ち出して”外貨獲得”に乗り出している。そうした危機に瀕したローカル線の現状と比べれば、観光客でにぎわう江ノ電は恵まれた環境にあるといえる。
しかし、そんな観光客に溢れる江ノ電といえども悩ましい問題はある。それが、観光客が増えすぎてしまうことで、かえって沿線住民が江ノ電を使えなくなるといった事態だ。
そうした事態を解決するため、鎌倉市は4月25日に沿線住民を優先的に乗車させる社会実験の実施を発表。試験的とはいえ、鉄道が優先乗車を実施することは極めて珍しい。その背景を鎌倉市まちづくり景観部交通計画課の担当者は、こう話す。
「今回の社会実験は、長谷駅―腰越駅間の周辺住民および通勤・通学者を対象に優先乗車証明書を発行し、その証明書を持っている人は駅の外にできる列に並ばずに駅構内で待つことができるという内容です。江ノ電は湘南エリアを走っているので海水浴シーズンに混雑すると思われがちですが、一年を通じてもっとも混雑するのは実はゴールデンウィーク期間なのです。
ゴールデンウィーク期間中は、江ノ電に乗車しようとする人たちが駅舎に入りきらず、駅前からロータリー、さらに市役所方面にまで長い列ができてしまいます。この状態だと、乗車までに1時間以上を要することもあります。他方で、江ノ電は沿線住民にとって生活の足です。通勤や通学、買い物に出かけるのに1時間も駅で待たされるのは公共交通として成り立ちませんし、地域住民としても困ってしまいます。そうした住民の声は、以前から寄せられていました。市民からの要望を受け、以前より鎌倉市・市議会・江ノ電の三者は混雑解消に向けた対策を議論していたのです」