就職活動中の学生にとって、会社選びの重要な決め手となるのは「給与水準」だろう。初任給だって1円でも高いほうが、働く意欲に結びつくはず。いま、企業の採用現場では、優秀な若手を逃がすまいと初任給を引き上げる動きが広がっている。
民間調査機関の労務行政研究所が東証一部上場企業228社を対象に行った初任給調査(2017年4月入社組)でも、大学卒の初任給引き上げを実施した会社は約4割に及び、初任給額は昨年度より1180円高い21万868円という結果になった。
近年、輸出産業を中心とする業績回復企業の増加や、デフレ脱却の目的などから、既存社員の賃上げを図る傾向が続いている。そのため、社内の賃金バランスを保つ意味で新入社員がその恩恵を受けている面はあるだろう。しかし、それだけではない。
人事ジャーナリストの溝上憲文氏は、「初任給アップの背景にあるのは人手不足」と指摘し、こう続ける。
「小売り、外食、ゼネコン、生保などを中心に、少子化による若手の人材難は深刻化するばかりで、現場が回らなくなっています。
これまでなら、同期入社は一律初任給が当たり前。若者は安く働かせ、40歳を超えれば働き以上の給料が貰える日本型の年功序列賃金が一般的でした。しかし、先の見えない売手市場のいまでは、優秀な学生を同業他社に奪われないよう、新入社員を含めた若い世代に手厚くしようという風潮になっています」
さらに、優秀な学生はより手厚くとばかりに、“初任給格差”をつけることも珍しくない。
特に専門知識が求められるIT企業では、大学時代に学んできたスキルや研究、即戦力になり得るビジネス経験の有無によって、「中小企業でも、上場企業の30代給与平均を上回る30~40万円の初任給を提示するケースもある」(人事コンサルタント)という。
新卒採用はいまや「未経験」が前提ではなくなっているのだ。
「例えば自動車業界のような製造業でも、電動化やIoT(モノのインターネット)の進化が目覚ましい中、単なる工学系の学生よりも専門的な電子・情報工学科の学生を求めています。
また、ビッグデータの解析をするようなデータサイエンティストを多く育てたい会社は、統計学の基礎知識を学んだ学生を優先的に採用し、会社に入ってから実際のビジネススキルをみっちり叩き込む。そうやって未来の設備投資に必要な人材を新卒の段階から獲得しようという流れがあちこちで起こっているのです」(前出・コンサルタント)
企業にとって新卒採用は先行投資であり、少しでも有望な投資をと期待する気持ちも分かる。だが、前出の溝上氏は、「結局、初任給一律の壁を崩すかどうかは、おおいなる賭け」と話す。